コラム

「恐怖インフル」に気を付けろ!

2009年05月25日(月)12時07分

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 最近の日本には「恐怖インフル」のパンデミック(世界的大流行)が広まりつつあるようだ。通常のパンデミックに比べて、恐怖インフルの感染源を突き止めるのはたやすい。それは中国でもメキシコでもなく、メディアだ。

「恐怖インフル」は狂牛病と似ていて、人々の脳を冒す。感染者は明晰な思考能力を失い、「安全第一!」を繰り返しながら走り回るようになる。このインフルエンザの明らかな被害者は、舛添要一厚生労働相だろう。テレビに映る彼の顔は、いつも変に引きつっているように見える。

 幸いなのは、恐怖インフルは致命的ではないということ。恐怖インフルを引き起こす病原体は豚インフルエンザ、別名メキシコ風邪とも呼ばれる新型インフルエンザだ。

 4月29日にWHO(世界保健機関)が警戒水準を「フェーズ5」(パンデミックの一歩手前で、複数の国で人から人への感染が進んでいる証拠があることを示す)に引き上げると、現在世界で深刻な失業率に苦しむメディア業界に一挙に仕事が生まれた。

 日本は1918年に流行し、世界で45万3000人が死亡したスペイン風邪のトラウマを引きずっているようだ。一方で、世界では毎年推定50万人がインフルエンザで死亡しているという事実には、誰も関心を払わない(死亡者のほとんどは高齢者や幼児など抵抗力の弱い人たちだ)。

 5月23日現在、この「恐怖の」インフルエンザで実際に死亡したのは全世界でたった86人(うち、メキシコの死者は75人)。WHOによる「フェーズ5」勧告は、警戒を行き渡らせるためのものであって余命宣告ではない。新型インフルエンザがもたらすインパクトは大きいが、結局はただのインフルエンザにすぎないのだ。

■マスクをしない人は非国民?

 ところが日本のメディアは、正確な情報を敵視しているらしい。代わりに彼らが人々に伝えるのは、中世に多くの命を襲った疫病と同程度であるかのような印象だ。

 すでに、マスクをつけることは「国民の義務」というところまできてしまった。小売業の店員たちには、マスクをつけたくないなどという自分勝手は許されない。マスクをつけない人は、ホームレスくらいなものだ。

 パニックに動じずマスクをつけない人は、国民を危険にさらす「非国民」。声には出さないが、人々は心の中でこう叫んでいる。「仲間に入れ! マスクをつけろ、この大バカ者!」

 取材を申し込んだ相手からはこんなメールがある。「最近外国に行かれていませんか?」

 フランスにいる友人たちは、心配して私にメールを寄越す。「日本は大丈夫? みんな地下鉄でマスクをしているようだけど」

 まだユーモアとバランス感覚を失っていない日本人の友人たちに言いたい。地下鉄に乗る際には、マスクの代わりにソンブレロ(つばが広いメキシコの帽子)をかぶろう! レジスタンスだ!

プロフィール

東京に住む外国人によるリレーコラム

・マーティ・フリードマン(ミュージシャン)
・マイケル・プロンコ(明治学院大学教授)
・李小牧(歌舞伎町案内人)
・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story