コラム

グーグルを追い詰めるアップルの地図とパスブック

2012年06月14日(木)11時44分

 アップルとグーグルの対決が、次のフェーズに突入した。

 そう感じさせたのは、6月11日に開かれたアップル開発者会議(WWDC)での発表である。

 これまでの二社の競争は、主にiOSとアンドロイドの市場シェアに関するものだった。iPhoneやiPadというアップル製のモバイル機器と、アンドロイドOSを搭載したスマートフォンやタブレットの数を比べて、どちらが多いのかというものだ。これについては、ここ最近アンドロイドの成長率が高く、スマートフォンの出荷数ではアンドロイドの59%に、アップルは23%と後塵を拝していた。アップルのあせりは、誰の目に見ても明らかだった。

 ところが、ここへ来てアップルは闘いを別の段階へ持ってきたのだ。それはOS自体ではなく、その上で走るアプリケーション、あるいはサービスである。それを象徴するのが、アップルが今秋リリースする予定のiOS6の「地図」と「パスブック(通帳)」だ。

 アップルは、これまでグーグル・マップをデフォルトの地図サービスとしてiPhoneに搭載してきたのだが、密かに独自の地図を開発してきた。そして、音声認識技術Siriを介して、地図からすぐにレストラン予約ができるなどの便利な機能を盛り込んで、それをiPhone用の地図として搭載する。

 グーグルの地図をどうしても使いたいというユーザーは、アプリをわざわざダウンロードする必要がある。もちろん、アップルがグーグルの地図アプリをブロックしなければ、の話だが。

 アップルの地図には、グーグルが人海戦術で街を撮影して作ってきたストリートビュー機能こそないが、「フライオーバー」という3Dビューの見せ場がある。まあ、空を飛んで目的地に向かうのでもない限り、今ひとつ役立つとは思えないものの、見るには十分おもしろい。

 それはさておき、興味深いのはアップルが地図を軸足にして、新たな領域へ進もうとしていることだ。ひとつは、ローカル情報。近くのレストランやデパートなどのビジネスがスムーズに表示され、地図はここへ客を送るためのハブとなり得る。

 そのハブを強化しそうなのが、もうひとつの「パスブック」だ。これはデパートや航空会社などの会員カードを総合管理し、クーポンやスポーツ、観劇チケットなどを保存しておく場所にもなる。そうでなくても、アップルはiTunesやiPhoneの販売を通して、すでにかなりの数のユーザーのクレジットカード番号を握っている。このパスブックは、アップルの支払いプラットフォーム、つまり多様なカードに対応するお財布携帯機能に発展する可能性もあるわけだ。

 それだけではない。アップルはこれを商店側が使えるプラットフォームに拡大することもできる。レストランやホテルなどが、ここで会員カードやクーポンを発行して顧客を取り込み、アップルが仲介料を得るという図。これは十分に考えられるだろう。

 一方グーグルは、これまでのところ地図を情報以上の収入源として利用しきれていなかったところがある。自社で持っているユーザーのクレジットカード番号の数も、アップルとは比べものにならないほど少ない。

 アップルは、アンドロイド陣営に勝つために、アップルにあってグーグルにないものをじっくり検討し、その結果「地図」という結論に達したのだろう。その意味で地図はただのアプリケーションではない。アップル流でいけば、「地図で近くのビアホールを発見し、そこで飲んだ勘定はiTunesで支払う」みたいなことも起こりえるのだ。

 ここにひとつ危険があるとすれば、それはアップルがモバイル戦略にかなり偏ってきていることだろう。現在わかる範囲では、アップルの地図はモバイル機器用のみで、パソコンでアクセスできるようなサイトとしては存在しない。すでに収入の過半をモバイルの売上から得ているアップルだが、今回の発表でもモバイルの比重がずいぶん重くなっている。問題は、この賭け、この移行が成功するかどうかだ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story