コラム

安倍首相は「親学推進議員連盟」の会長を辞任せよ

2013年04月23日(火)22時19分

 安倍首相は、19日に発表した成長戦略スピーチで、その中核として「女性の活躍」をあげた。主な項目は次の通りだ:

    1)社会のあらゆる分野で2020年までに指導的地位に女性が占める割合を30%以上とするため、経済三団体に「役員に一人は女性を登用していただきたい」と要請

    2)待機児童をなくすため、認可外保育施設についても、将来の認可を目指すことを前提に支援

    3)保育士の資格を持つ人は、全国で113万人だが、実際に勤務しているのは38万人。保育士の処遇改善に取り組むことで、復帰を促進

    4)2013・4年度の2年間で、20万人分の保育の受け皿を整備し、2017年度までに40万人分の保育の受け皿を確保して、「待機児童ゼロ」を目指す

    5)育児休暇の上限を3年まで拡大するよう企業に要請

 日銀バッシングより、ずっとセンスのいい政策だ。日本経済の最大の問題は「デフレ」ではなく、生産年齢人口の減少だからである。といっても、これは15~65歳のすべての人口で約8000万人。そのうち労働に従事している労働力人口は、約6500万人である。特に女性の労働参加率が低く、62%しかない。

 その原因が、首相も指摘しているMカーブと呼ばれる現象だ。これは20代で就職した女性が結婚や出産で退職するため30代では女性の労働人口が減り、40代で増えるが主としてパートしかないため、企業の戦力として活用できないという問題である。

 これを解決する手段として、公務員に認められている「育児休暇3年」を企業にも認めるよう要請したのだが、これはキャリア・ウーマンには「3年もブランクがあったら元の仕事に戻れない」という声が多く、かえって女性を採用する企業が減るおそれがある。

 待機児童が大量に発生しているのも、保育所が足りないからではない。当コラムでも指摘したように、厚生労働省が過剰な規制で保育所の新設を規制しているからだ。その原因は財源の不足だというが、それは保育料の90%を補助金でまかなう「社会主義」で経営しているからだ。

 他方で、幼稚園は入園児の減少で欠員に悩んでいる。幼稚園の保育事業への参入を認めると同時に保育所への補助金を廃止し、政府の支援は保育バウチャーのような形で親に渡すべきだ。大阪市では、そういう試みを始めている。

 最大の問題は、女性が総合職で就職しても、再就職するときの仕事はパートしかないという雇用慣行である。非正社員の半分以上は主婦のパートだが、その賃金は同じ仕事をする正社員の半分以下なので、バカバカしいから専業主婦をやっている女性も多い。終身雇用や年功序列などの古い雇用慣行が女性の労働参加を阻害しているのだ。

 日本的雇用は「家族ぐるみの雇用」で、家長は会社から言われたら全国でも世界でもどこでも転勤し、その代わり妻が勤務先について行って夫の苛酷な労働をいやすというモデルになっている。これは市場の変化に対応して配置転換で柔軟に雇用調整する点ではそれなりに合理的だったが、グローバル化によって社内では雇用調整ができなくなっている。

 これからは社員を仕事に応じて各地で雇用し、仕事がなくなったら退職するという契約形態にし、あちこち転勤させて職場を埋めるローテーションはやめるべきだ。これは経営の効率性からも必要だし、転勤をなくせば女性も戦力としてながく活躍できる。必要なのは、個人を企業から自立させる雇用や教育の改革である。

 ところが首相は「親学推進議員連盟」の会長をつとめている。これは「子供の発達障害の原因は幼児期に親の愛情が足りないからだ」という非科学的な根拠にもとづいて「女性は家庭で育児に専念せよ」と主張する議連だ。こんな団体の会長をつとめる首相が「女性の社会参加」を提唱するのは矛盾している。まず首相がやるべきなのは、こういう古い教育観を改めて議連の会長を辞任することではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ビットコイン再び9万ドル割れ、一時6.1%安 強ま

ワールド

プーチン氏、2日にウィットコフ米特使とモスクワで会

ビジネス

英住宅ローン承認件数、10月は予想上回る 消費者向

ビジネス

米テスラ、ノルウェーの年間自動車販売台数記録を更新
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業界を様変わりさせたのは生成AIブームの大波
  • 2
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    「世界で最も平等な国」ノルウェーを支える「富裕税…
  • 7
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 8
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 9
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 10
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 4
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 5
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story