コラム

「総合こども園」で待機児童は解消できるのか

2012年03月02日(金)13時58分

 政府は2日、少子化社会対策会議を開いて今国会に提出する子育て支援改革法案の骨子を決めた。それによれば、幼稚園と保育所を一体化する「総合こども園」を2015年度をめどに創設し、全国の幼稚園と保育所をこれに移行する予定だ。今回の法案は「待機児童を解消する」とうたっているが、これで問題は解決するのだろうか?

 幼稚園と保育所がそれぞれ文部科学省と厚生労働省に管轄され、ばらばらの制度で運営されている現状については、かねてから批判が強い。特に保育所については、申し込んでも入れない待機児童が全国で5万人近くおり、潜在的には80万人の超過需要があるともいわれる。今回の法案では、これに対応するため小規模な保育室や「保育ママ」にも公費を投入し、株式会社や非営利組織(NPO)にも参入を認め、保育の定員拡大を目指すという。

 しかしこども園は全面的に規制され、保護者は市町村に希望するこども園を申請する。保育料金は保護者の所得に応じて決まり、現在の保育所と同じだ。幼稚園はこども園に一体化しなくてもよいとされているので、今回の措置は実質的には保育所の看板をを「総合こども園」に掛け替えるだけである。

 ここに至るまでには、「幼保一体化」をめぐる15年にわたる縄張り争いがある。文科省は幼稚園に、厚労省は保育所に一体化するよう主張しているため、いつまでたっても改革が進まないのだ。幼稚園は学校などと同じく保護者との自由契約でサービスを行なっているが、保育所は強く規制されているため、一体化すると幼稚園は経営の自由を奪われる。保育所の料金は役所が決め、試験や面接で利用者を選ぶ権利も失なうため、幼稚園は一体化に強く反対してきた。

 では幼稚園に一体化すればいいようなものだが、これには保育所が強く反対してきた。現在の保育所は、国と県と市町村の三重の補助金で手厚く保護され、運営費の8割以上は補助金である。保育所の園長の経営手腕は、複雑な補助金のしくみを熟知して最大の補助金を取ってくることだといわれる。この補助金を幼稚園と同じ水準にしたら、ほとんどの保育所の経営は立ちゆかなくなるだろう。

 待機児童が発生する原因は明らかである。供給不足が慢性的に続くのは、価格が統制される計画経済に特有の現象だ。保育所の料金が補助金によって異常に低く設定されているため、需要と供給が価格で調整できず、社会主義国でパンが不足したのと同じ現象が起こるのだ。自由経済で運営されている幼稚園には、待機児童は発生していない。だから保育所を幼稚園と同じように自由化すれば新規参入が増えて、待機児童も解消されるだろう。

 ところが今回の改革でも既存の規制や補助金はまるごと温存され、市町村が「需給調整」を行なうことになった。保育所の既得権を守るため、新規の認可がきびしく制限されているからだ。幼稚園の多くはこども園にならないと予想されるので、ゼロ歳児などの幼児教育については計画経済しか選択の余地がない。これでは待機児童が減る効果は、まったく期待できない。

 こうした状況を打開する制度として、OECD(経済協力開発機構)は保育バウチャーを提案している。これは幼稚園と保育所の区別なく、すべての幼児教育に対する補助金をバウチャー(金券)として保護者に支給し、どの幼稚園(保育所)に入るかは親が決める制度だ。社会が高齢化する中で幼児教育は重要であり、大学より手厚い補助金を出してもよいが、それを効率的に使う必要がある。問題は名称を統一することではなく、子供にとって何が大事かを考えることである。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

植田日銀総裁、16日午前9時半から衆院財金委に出席

ワールド

インド、関税ゼロの通商協定を米に提示=トランプ氏

ビジネス

メガ3行、今期純利益4.2兆円の見通し 逆風下でも

ワールド

パキスタンの核兵器「IAEAが管理すべき」とインド
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新研究が示す運動との相乗効果
  • 2
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 3
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因は農薬と地下水か?【最新研究】
  • 4
    トランプ「薬価引き下げ」大統領令でも、なぜか製薬…
  • 5
    宇宙から「潮の香り」がしていた...「奇妙な惑星」に…
  • 6
    終始カメラを避ける「謎ムーブ」...24歳年下恋人とメ…
  • 7
    サメによる「攻撃」増加の原因は「インフルエンサー…
  • 8
    iPhone泥棒から届いた「Apple風SMS」...見抜いた被害…
  • 9
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 10
    対中関税引き下げに騙されるな...能無しトランプの場…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新研究が示す運動との相乗効果
  • 3
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 4
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 5
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 6
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 9
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 10
    ロシア機「Su-30」が一瞬で塵に...海上ドローンで戦…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    加齢による「筋肉量の減少」をどう防ぐのか?...最新…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story