コラム

JAL年金問題は日本経済の縮図

2009年10月01日(木)17時27分

 JAL(日本航空)の再建問題が、大詰めを迎えている。経営破綻の噂が出て、前原国土交通相は「政府が支援する」と約束し、再建策を検討するタスクフォースを結成した。しかし具体的にどのような形で支援するかは、何も決まっていない。

 JALの経営に問題があることは、以前から指摘されてきた。国営時代の「親方日の丸」体質が抜けず、労働組合が8つもある。特に今回の経営危機で争点になっているのは、支給平均月額25万円という業界最高の企業年金だ(厚生年金とあわせると約40万円)。このためJALの年金・退職金債務は約8000億円にのぼるが、このうち約3300億円の積立が不足して巨額の赤字になっており、このままでは企業買収や追加融資による再建はむずかしい。

 ところがOBの組織する「JAL企業年金の改定について考える会」は、年金支給額の減額に反対する署名をつのり、9月22日、前原国交相に対して「年金の減額を融資の条件とするな」という要請を出した。それによれば、減額に反対する署名は9000人の年金受給者の1/3を超える3580人に達した。給付の減額には受給者の2/3以上の賛成が必要なので、減額はきわめて困難になった。

「年金支給額は労使の契約で法的に決められたもので、勝手に変更することは許されない」というOBの主張は正論だ。しかしJALの経営が破綻すると、企業年金はゼロになる可能性もある。たぶん彼らは、まさか政府がナショナルフラッグ・キャリアをつぶすはずがない、と高をくくっているのだろう。

 JALの年金問題は、日本の縮図である。「日本型福祉システム」は社会福祉の負担を企業に負わせることによって公的な給付水準を低く抑えてきたが、その企業の年金財政が破綻に瀕している。しかも年金をもらう老人は、先のことを考えないで権利を主張する。これは財政赤字でも同じだ。来年には日本の政府債務はGDP(国内総生産)の2倍に達すると予想されるが、自民党も民主党もバラマキ景気対策やバラマキ福祉を続けている。平均年齢60歳以上の政治家にとっては、財政が破綻するのは自分が死んだあとだからである。

 このように老人が将来世代の負担を考えないのは、合理的行動である。したがってJALを再建するには、いったん破綻させて労使の契約を破棄するしかないだろう。それによって運航に支障は出ない。世界には破綻した大手航空会社がたくさんあるが、ほとんどは債務整理を行って運航を続けている。少なくとも税金を投入するには、このような腐った労使関係をいったんリセットすることが必要条件だろう。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政権がロス市提訴、ICE業務執行への協力制限策に

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック最高値更新、貿易交

ワールド

G7外相、イスラエル・イラン停戦支持 核合意再交渉

ワールド

マスク氏、トランプ氏の歳出法案を再度非難 「新政党
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story