コラム

ヒトを襲い、弱い個体をいじめる 「優等生」イルカの知られざる一面

2022年10月04日(火)11時25分

ショーや軍用では、ヒトに対してフレンドリーで、指示を覚えて従順に行動するイルカの特性が際立ちます。けれど22年夏は福井県で「ヒトを襲うイルカ」が話題となりました。

このイルカは、4月頃から福井県沿岸で目撃されていました。体重は約200キロと推定され、ミナミハンドウイルカと見られています。北陸地方では近年、石川県の能登島周辺にイルカの群れが定着しています。問題のイルカは、群れからはぐれて沿岸部に住み着いた可能性があります。

6月には素潜り漁の猟師やダイバーが、体当たりされたり水中に引き込まれそうになったりする被害を受けました。イルカは最高時速40~50キロで泳ぐことができるので、ぶつかると深刻なけがにつながる場合があり、海外では死亡事故も起きています。

7月以降は鷹巣(たかす)海水浴場や越廼(こしの)海水浴場付近に現れ、膝ほどの浅瀬まで近づきました。海水浴客が噛みつかれたり伸し掛かられたりした事例は、10件以上も起こりました。現在は超音波装置などを使って、イルカを沿岸に近づけないようにしています。

自分より弱い存在をいじめることも

イルカは食べるためにヒトを襲うことはありません。福井のイルカは自分からヒトに近づいてくることから、①最初は遊びのつもりでヒトにちょっかいを掛けて、構ってもらえたことが嬉しくてだんだんと行動がエスカレートした、②餌付けの経験があってヒトに執着し、餌をくれないと突っついて要求したり怒って噛みついたりしている、③夏以降は繁殖期と重なって、身体を擦り付ける習性がヒトに対しても現れた、などが原因と考えられています。

もっとも、最近の研究では、ストレスが溜まったり退屈したりすると自分よりも小さい個体や弱っている個体に噛みついていじめることもあるなど、優等生のイメージを持つイルカが実は残忍な面も持つことが確認されています。遊びでじゃれるだけでなく「ヒトは自分よりも弱い動物だ」と認識されてしまうと、さらに危険性が増す可能性があります。

野生動物との付き合い方はもともと難しいですが、イルカのように頭の良い動物との共存ではなおのことです。自己判断で近づかずに遠くから観察するだけにする、イルカから近づいてきたら慌てずに速やかに離れることが、自身のけがや動物の駆除(殺処分)の予防になります。約1万年もの間、関わり続けたヒトとイルカですから、これからも上手に距離を取って付き合っていきたいですね。

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=S&P横ばい、インフレ指標や企業決算

ワールド

メリンダ・ゲイツ氏、慈善団体共同議長退任へ 名称「

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、今週の米経済指標に注目

ワールド

原油価格上昇、米中で需要改善の兆し
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 8

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 9

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story