コラム

今年も侮れないイグノーベル賞と、社会実装されそうな2つの研究

2022年09月27日(火)11時20分

工学賞は、松崎元・千葉工大教授ほか「円柱形つまみの回転操作における指の使用本数について」(デザイン学研究、1999年)の論文執筆者である四氏に贈られました。日本人の受賞は今年を含めて28回で、07年からは連続で受賞しています。

私たちの身の周りには、つまみ、水栓、ふた、ドアノブなど回転操作する機器があります。直径の小さいものは5本の指をすべて使って回すことはできなかったり、直径の大きいものは2本の指だけでは回しづらかったりします。けれど、使う時はいちいち「何本の指をどこの位置に置いて回そう」などとは考えずに、無意識に操作をしています。

松崎教授はデザイン研究者で、プロダクトデザイナーでもあります。この「無意識の操作」をグラフや数式で示し、つまみの大きさや形状のデザインに役立てられないかと考えました。

実験では、直径が 7〜130ミリの木製の円柱 (高さ50ミリ)を45種類用意して、32名の被験者に右手で時計周りに回転してもらいました。操作状況はビデオカメラで撮影し、操作開始時の指の使用本数と接触位置を統計的に明らかにしました。

その結果、円柱の直径が10~11ミリあたりで、使用する指は2本から3本に変わることが確認されました。3本から4本への変化は直径23~26ミリ、4本から5本への変化は直径45~50ミリでした。さらに、親指の位置を揃えると、残りの指の位置は二次曲線で近似できることも示唆されました。

人間工学、スポーツ健康科学でも無意識動作を研究

松崎教授は授賞式で、プレゼンテーターのカール・バリー・シャープレス氏(01年ノーベル化学賞)に「そもそもノブに興味を持ったきっかけは?」と質問されて、「ドクターにお願いがあるのですが、自分の鼻をつまんでいただけませんか?」と返しました。シャープレス氏は快諾し、さらに「回してください」という依頼にも応えます。

松崎教授はすかさず「何で二本の指を使ったのですか」と尋ねました。「ちょうどよい大きさだから。あとはずっとそうやってきたから」と答えるシャープレス氏に「無意識でしたか? 興味深いでしょう? それが私たちの研究です」と教授が語ると「同感だ。とても面白い」とシャープレス氏は納得するのでした。

「無意識の行為」は、人間工学やスポーツ健康科学でも研究されています。「箱を持つときに、何キロ以上になったら片手から両手になるのか」「荷物が何キロ以上になったら、手持ち、片肩掛け、両肩掛け(リュックのように背負う)と変化するのか」などです。これらの研究は、身体のバランスへの影響を数値化し、転倒防止などに役立つと考えられています。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト/博士(理学)・獣医師。東京生まれ。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第 24 回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)など。

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