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愛と尊敬を教える哲学が詰まった「がまくんとかえるくん」作者の人生

Frog and Toad and Me

2020年09月03日(木)18時50分
フィリップ・マチアク(ワシントン大学講師)

実を言うとローベルは「がまくんとかえるくん」シリーズを書いていた時期に、妻(やはり絵本作家のアニタ・ローベル)と子供たちに、自分が同性愛者であることを打ち明けていた。

1970年代はまだ、今と違ってLGBTの作家が自らの生い立ちや感情を児童書で率直に語れる時代ではなかった。今なら児童書でも堂々と同性愛を語れるが、ローベルの時代にはとても、大御所のモーリス・センダックでさえ、できなかった。

いや、「がまくんとかえるくん」シリーズは暗に同性愛を礼賛しているとか、作者のセクシュアリティー抜きであの作品は語れないと言うつもりはない。でも、気付いてほしい。あのカエルたちは自分の気持ちを少しも隠そうとしない。がまくんとかえるくんは恋人ではないが、その関係は実に親密だ。

影響力は長編小説並み

このシリーズのすごさは、たった4冊で強烈な印象を残した点にもある。「話の筋は忘れても、読んで感じたことは覚えている」と言ったのは、絵本作家のジョン・クラッセン。「まるで『指輪物語』みたいな長編と同じだ」

クラッセンの帽子を巡る絵本3部作の完結編『みつけてん』(邦訳・クレヨンハウス)には、特にローベルの影響が感じられる。3部作の前2作では帽子を盗んだ動物が不幸な目に遭うが、最終作は違う。2匹のカメが同時に帽子を見つけ、2匹ともかぶりたいと思うが、帽子は1つだけという状況が描かれる。これを書くとき、クラッセンは「がまくんとかえるくん」シリーズ4作目の最後に収録された「ひとりきり」を繰り返し読んだという。

そこでは、かえるくんの家を訪ねたがまくんが、「出かけています。ひとりきりになりたいのです」という書き置きを見つける。がまくんは心が折れかけるが、それでもかえるくんのためにランチをこしらえる。

最後の場面で、かえるくんを見つけたがまくんは、どうしたのと尋ねる。すると、返ってきたのは哲学的なモノローグだった。......今朝目を覚ますと、おひさまが照っていていい気持ちだった。自分は 一匹のカエルで、君という友達がいるからいい気持ちだった。それで独りきりになりたくなった。なんで、みんなこんなに素晴らしいのかを考えたくて......。

そして一緒に並んでランチを食べ、ふたりは「しんゆうでした」で幕となる。

見た目はハッピーエンドだが、そこにはもっと深い意味がありそうだ。クラッセンは言う。「がまくんはずっとかえるくんのことだけを思っていた。でも、かえるくんは『みんな』のことを考えていた。え、ぼくは特別な存在じゃなかったの?がまくんの そんな問いに、答えは与えられない。どうして作者がこういうエンディングを選んだのか、実に興味深い」

終わり方もローベル流

「お決まりの終わり方はしない」のがローベル流だと、やはり絵本作家のキョウ・マクレアは言う。彼女の『きょうは、おおかみ』(邦訳・きじとら出版)も、エンディングはローべル流だ。

主人公は実在の画家バネッサ・べルと、小説家バージニア・ウルフの姉妹。2人の子供時代を幻想的に描いた作品で、物語はある日、私の妹は「おおかみみたいにむしゃくしゃしてた」というバネッサの言葉で始まる(この「おおかみみたい」は実在のバージニアを苦しめた鬱状態を指す)。姉は普通の女の子として描かれるが、妹はドレスを着たオオカミのシルエットだ。

ローべルのガマガエルのように、妹は布団から出てこない。姉はなんとか起こそうとするが、うまくいかない。ついには妹のベッドにもぐり込み、「なにかきっとあるはずよ、あかるいきもちになれること」と問い掛ける。そして妹の求めに応じて、一晩かけて寝室の壁一面に絵を描く。

最後のページを飾るのは、仲良く遊びに出掛ける人間の姿をした姉妹だ。妹の晴れやかな顔を見ると、大人の読者も涙を誘われる。しかし実生活で姉が必ずしも妹を鬱状態から救えなかった事実を知れば、読者の心は痛む。

「がまくんとかえるくん」シリーズは深くて重い「実存的」な問いを、よくある孤独な思索を通じてではなく友情を通じて投げ掛ける。マクレアはそう解釈する。「仏教僧の修行みたいなもの。相手と向き合いつつ、相手を思いやる心を研ぎ澄ませていく」

本当にピュアなもの、本物の喜びは暗闇のなかでこそ輝きを放つ。「この深い悲しみは誰もが、とりわけ子供たちが感じているもの」だが、それを楽しい読み物に仕立てるのは難しい。絵本作家のバーネットはそう言った。

でもローべルのおかげで、私たちは知っている。いろいろあっても、「みんなこんなに素晴らしい」のだと。

© 2020, The Slate Group


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