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事故、病気、離婚......元ホームレス女性が社会の影を案内する「町ツアー」

2019年12月26日(木)17時45分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

2013年からは、別の収入を得る手段も提供している。ホームレス経験者、また貧困経験者がガイドになって、前述の公的支援アパートや、ホームレスの人専用クリニックなどを案内するツアーを開催し、ガイドはスイスの平均時給、約2800円を稼げるのだ。この試みは、とても珍しい。

現在、バーゼル、チューリヒ、ベルンの3都市に、男性10人、女性4人のガイドがいる。チューリヒ市では、2019年9月30日に初の女性のガイド、サンドラ・ブリュールマンさん(36歳)がデビューした。ブリュールマンさんはホームレス経験者だ。

貧困(食事は満足に食べられず、衣類は譲ってもらっていた)、アルコール依存症の父親による暴力、母親は精神病で入院の繰り返しで不在がちという中で育ち、14歳のときに最初のうつ状態に陥って、飲酒するようになった。ボーイフレンドからも暴力を受けていた。何度かのうつ状態を治療しつつ、靴ショップ販売員などの仕事をした。しかし、処方された多量の精神病治療薬によって規則的な生活ができなくなった。酒、タバコにひたり、30歳でホームレスになった。

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5~20人を連れて、ホームレス生活した場所を歩く

町ツアーは、各ガイドの経験をもとに作られている。ブリュールマンさんの場合は「影の世界~ホームレスの女性たち」がテーマで、①女性専用の公的支援制度のアパート ②と③自身がホームレスしていたころに寝ていた場所 ④酒・タバコ・薬物・ギャンブル依存、それに伴う精神障害(うつ病、不安障害など)を抱えた人のためのクリニック ⑤貧困者向けのペット(主に飼い犬)クリニック ⑥自身がホームレスからハウスレスになって住んでいた公的支援制度のアパート の計6か所を歩いて回る。

こうして、各ガイドが毎週1、2回、2~2時間半のツアーを行っていて、どの都市でもほぼ毎週参加できる。申し込みはスープリーズのサイトからだ。各回5人の申し込みがあれば催行し、最大20人まで。参加は14歳以上を奨励している。個人枠と団体枠があり、団体枠は企業研修(職場の仲間同士で参加、費用は企業が負担)などのためだ。参加費は1人2,700~3,200円で、学生などは半額割引。

スープリーズのスタッフ、カルメン・ベルヒトルトさんは「1年中開催です。参加者にホームレスの置かれている状況を肌で感じてほしいので、真冬でも開催しています」と話す。

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9月30日のブリュールマンさんの晴れ舞台には、筆者を含めた女性14人と男性3人がチューリヒの某教会に集合した(みな、個人で申し込んだ人たち)。教会の脇には公園がある。ブリュールマンさんはこの公園で頻繁に飲酒していたとみなに話した。

「たくさんの方が参加してくれて、とても嬉しいです。今日が第1回目なので用意している文面を読みますが、ご理解ください」。そう挨拶しながら、不安定な家庭環境だった子供時代からホームレスになるまでのいきさつを語った。各見学ポイントで、ブリュールマンさんは自分の経験を語り、加えてアパート管理長や指導レベル級の医師が出てきてくれて、その施設ではどういったサービスを提供しているのかを説明した。参加者は随時質問し、細かい質問にもブリュールマンさんや各施設スタッフたちは丁寧に回答していた。 

ガイドたちはみな、ブリュールマンさんのようにツアー前に自己紹介して、自分の過去を参加者たちにさらけ出す。もちろん、すべてを話すわけではないにせよ、知らない人たちに絶対に言いたくないであろうことを打ち明けるのは非常に勇気がいる。

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