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夫婦間レイプ

「私を犯した夫を訴える...」 夫婦間レイプとの向き合い方をフランスと日本から考える

2019年05月23日(木)18時35分
西川彩奈(フランス在住ジャーナリスト)

――「夫婦間レイプ」は法律上、どのように定義されていますか。

正木:現時点では、夫婦間レイプを直接定義した法令は日本にはありません。ただ、夫婦間レイプは、性的DVです。また、身体への暴力や、生命・身体に対して害を加える旨の脅迫を受け、今後身体的暴力を受けて生命身体に危害をうける恐れが大きいときは、DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)の対象となる場合もあります。DV防止法では、被害者からの申立てに応じた裁判所は、近寄らないよう命じる保護命令を出すことができ、それに違反した加害者には、1年以下の懲役、または100万円以下の罰金が科せられます。

クチュリエ:フランスでは、夫婦間レイプを直接定義した法令はありません。暴力、強制、脅迫、不意打ちをもった、あらゆる性的挿入行為は強姦(刑法第222-23条)だと規定され、これには夫婦も含まれています。

――夫婦間レイプは、どのような罪に該当しますか。

正木:刑法において、暴行脅迫を用いたレイプ(肛門性交、口腔性交も含む)であれば強制性交等罪(刑法176条)。泥酔状態にさせる、睡眠薬を飲ませる等により、心神喪失・抗拒不能に乗じて、またはその状態にさせてするレイプであれば、準強制性交等罪(同177条)。これらであれば、法定刑は5年以上の有期懲役と定められています。強制性交等によって死亡・負傷させた場合は、無期又は6年以上の懲役が法定刑です。また、民事裁判をおこすことも可能です。レイプは不法行為(民法709条)となるので、損害賠償請求ができます。

そして、夫婦間レイプは、裁判で離婚が認められる法定離婚原因になりえますので(民法770条)、これが原因で離婚になったときは、慰謝料が請求できる可能性が高いです。離婚の慰謝料は、事情によりますが、50万円~300万円程度になるのが一般的です。

クチュリエ:原則、挿入を含む強姦は15年以下の拘禁刑。一方で、夫婦間レイプは法律で刑が加重されます。「被害者の配偶者、被害者と内縁の妻(夫)、民事連帯契約(パックス)で被害者とパートナーとなった者が実行した場合」は、刑法第222-24条では20年以下の拘禁刑となる。しかし、実際に夫婦間レイプにおいて科される拘禁刑は5年~15年が多いです。さらにフランスでは、挿入を含まない性的攻撃(触るなど)が配偶者に行われた場合、7年以下の拘禁刑、又は10万ユーロ以下の罰金が科されます。

――レイプ事件を刑事告訴した場合、有罪になる可能性は高い?

正木:そもそも一般的に日本の有罪率は99%以上とも言われ、起訴され刑事裁判になった場合の有罪率は非常に高いです。ただ、必ずしも告訴したすべての事件が起訴されるとは限りません。まず被害を受けたときは、捜査機関に対して告訴や被害届の提出をしますが、実際は、捜査機関は告訴の受理において慎重です。

また、強制性交等罪事件の起訴率自体が高くはないのが実情。証拠不十分を理由とする不起訴が多いためです。密室で行われることが多く証拠に乏しいのが通常ですが、被害者等の供述、病院の診察内容や診断書、防犯カメラ等の画像、録音・写真・動画、加害者とやりとりしたメール・SNSなど、様々なものが証拠となりえます。また、当時の着衣や加害者の残留物が、捜査の中で加害者特定の重要な証拠になることもあります。

クチュリエ:フランスの世論では、司法官憲(しほうかんけん)は、まだ性的暴行を充分に考慮していないと考えています。実際に1998年~2007年に実施されたフランスの調査では、被害者が告訴した425件のレイプ事件(配偶者から以外のレイプを含む)のうち、非常に少ない数のケースが有罪判決に至りました。まず、約3分の2の被害者が証拠不十分などの理由で、告訴が受理されませんでした。また、女性が告訴をしても捜査機関で働く男性が「暴力を受けた女性の声」を聴くトレーニングがされていない点も、多くの専門家が改善するべきだと指摘しています。

――以前は、夫婦間において「レイプ」は認められなかったようですが...。

正木:元々、戦前は「夫婦間で強姦罪は成立しない」とする全面的否定説が通説でした。その後も、家父長制からの流れで女性差別的な価値観の浸透、(夫婦間の性的関係という)極めてプライベートな問題に対して法が介入することに謙抑的であったことなどから、夫婦間レイプの問題は正面から論じられることはあまりなかったといえます。そのようななか、「旧強姦罪(2017年法改正後、強制性交等罪に改められる)が夫婦間で成立するか」という法的解釈の議論がなされ、裁判でも争われるようになりました。

象徴的なのが、広島高裁松江支部昭和62年6月18日判決。裁判所は,夫婦は婚姻関係が破綻した後は性交を求める権利も応じる義務もないとして、夫婦間でも強姦罪が成立することを認めました。さらに、東京高等裁判所平成19年9月26日判決では、「暴行・脅迫を伴う場合には、適法な権利行使とは認められず、強姦罪が成立する」と判示しました。これら裁判のあとで、この論点が刑法書に再び取り上げられることが増えたようです。

現状としては、夫婦間であっても強制性交等罪が成立しうるという考え方が有力かと思います。なお、夫婦間レイプに限りませんが、DVに関する法整備については、平成4年の研究者を中心としたDV実態調査、平成11年の男女共同参画審議会による「男女間における暴力に関する調査」等を経て、DVが深刻な社会問題であることが明らかとなり、議員立法によりスピーディーにDV防止法が成立・施行されるに至りました。

法制定により、夫婦間レイプを含むDVが夫婦間トラブルではなく重大な人権侵害であることが明らかになり、被害に対する支援の拡充や、昨今の権利意識の高まりにより、被害の声が上げやすくなったと評価され、法改正が重ねられてきています。

クチュリエ:フランスでの性犯罪における法改正は、大きく分けて1980年と2006年に着目できます。1980年以前は、現在「夫婦間レイプ」と呼ばれる行為の多くは、フランスの法律では罰せられませんでした。1980年以前にも強姦に関する法は存在しましたが、当時のフランス社会において重要だった家父長制と宗教の考えを尊重したものでした。それに当時、「夫婦間での性行為は義務」と考えられていました。

その後、1980年1月に法改正がされ、強姦を定義したことで、レイプの概念を根本的に変えることになりました。この日から、暴力、強制、脅迫、不意打ちをもった、あらゆる性的挿入行為(肛門性交、口腔性交を含む)はレイプとなり、被害者には結婚したカップルも含まれるようになったのです。これは、1970年代のフェミニズム運動と、それを政府が尊重したことで達成したといえます。また、レイプを受けた女性への調査などを経て、2006年4月4日法で、カップル間のレイプに対する刑が加重されました。

※記事内では、プライバシー保護のため、仮名を使用しています。

【参考記事】12歳の少年が6歳の妹をレイプ「ゲームと同じにしたかった」
【参考記事】レイプ事件を届け出る日本の被害者は氷山の一角
【参考記事】DV防止法のせいで、わが子に会えず苦しむ父親もいる

ayananishikawa-01.jpg[執筆者]
西川彩奈
フランス在住ジャーナリスト。1988年、大阪生まれ。2014年よりフランスを拠点に、欧州社会のレポートやインタビュー記事の執筆活動に携わる。過去には、アラブ首長国連邦とイタリアに在住した経験があり、中東、欧州の各地を旅して現地社会への知見を深めることが趣味。女性のキャリアなどについて、女性誌『コスモポリタン』などに寄稿。パリ政治学院の生徒が運営する難民支援グループに所属し、ヨーロッパの難民問題に関する取材プロジェクトなども行う。日仏プレス協会(Association de Presse France-Japon)のメンバー。
Ayana.nishikawa@gmail.com

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