最新記事

北朝鮮

北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

2016年7月11日(月)12時04分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

Ivan Bliznetsov-iStock.

<アメリカが先週、最高指導者の金正恩党委員長を初めて直接制裁の対象に加えたばかりだが、その北朝鮮からまた人権侵害による悲劇のニュースが飛び込んできた。韓流ドラマを取り締まる組織の取り調べに耐えきれず、23歳の女子大生が自ら命を絶ったという>

 北朝鮮の人権侵害によって、23歳の女子大生が自らの命を絶つという悲劇が起きた。なぜ、彼女は自らの人生に終止符を打たねばならなかったのか。

 今月6日、米国は最高指導者の金正恩党委員長を、人権侵害の首謀者としてはじめて名指しで明記した。北朝鮮は米国の措置に対し、「外交ルートを遮断する」と猛反発。しかし、いくら反発しようとも、せい惨きわまりない北朝鮮の拷問や処罰の実態の多くは暴かれており、米国の措置はむしろ遅すぎると言っても過言ではない。

(参考記事:赤ん坊は犬のエサに投げ込まれた...北朝鮮「人権侵害」の実態

 今回、女子大生が自殺を選んだきっかけは「韓流」と北朝鮮当局の「拷問」。この二つは、現在進行形の北朝鮮の人権侵害を象徴している。

女子高生が見せしめ

 米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、北朝鮮の秘密警察・国家安全保衛部(秘密警察)と韓流ドラマを取り締まる組織「109常務」は大々的な取り締まり作戦を行い、現地には殺伐とした空気が流れているという。1月には、女子高生も海外映画を見た罪に問われていた。

 そして今年5月、109常務は、清津(チョンジン)市浦港(ポハン)区域南江洞(ナムガンドン)で一人暮らしをしていた23歳の女子大生の家を急襲、家宅捜索を行った。

 運悪く、彼女の家からは韓国映画が保存されたメモリーカードが発見されたことにより悲劇が起こる。女子大生は、保衛部に連行され、激しい拷問を加えられた。そして、10年の懲役刑が避けられないことを悟った彼女は、いとこの美容室から持ちだしたパーマ液を飲んで、服毒自殺を図った。現地情報筋は、彼女の安否を伝えていないが、おそらく死亡したものと思われる。

女性収監者は裸で

 取り調べでは、木の棒で殴打される、鉄線や革のベルトで締めあげるなど無慈悲な拷問が23歳の女子大生に加えられた。彼女にとって、とても耐え切れるものではなく、メモリーカードをくれた友人の名前を白状してしまう。そして、自ら命を絶つ。

 せい惨な拷問によって、友人の名前を白状してしまったこと。待っているのは地獄のような10年間の拘禁生活。彼女が自殺に走った動機が、人生に絶望を感じたであろうことは想像に難くない。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態...「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

 これだけではない。清津市では3月にも、取り調べを受けていた40代の女性が取調室のある5階から投身自殺していた。

 北朝鮮の外国文出版社が2015年6月に発行した「朝鮮についての理解」人権編には次のように書かれている。


「共和国(北朝鮮)では、人間の生命と健康を最も大切に考え、人間の生命を侵害する行為を絶対に許さない」

「人に対して、肉体的、精神的にひどい苦痛を故意に与える拷問、または非人間的で不名誉な取り扱いや処罰を厳しく禁じている」

出典:「朝鮮についての理解」人権編(外国文出版社)

 欺瞞に満ちた内容であり、明らかに国際社会の人権攻勢に対して表向きだけ取り繕ったものに過ぎない。確かに韓流ドラマや海外映画を視聴することは、北朝鮮の法律に違反することだろう。その一方、極端な情報統制も人権侵害である。

 ましてや韓流ドラマ、映画を見たという理由だけで、連行して激しい拷問を加えることが正当化されるわけがない。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス

ビジネス

ECB、年内に複数回利下げの公算=ベルギー中銀総裁

ワールド

NATO、ウクライナへの防空システム追加提供で合意

ビジネス

中国、国内ハイテク企業への海外投資を促進へ 外資撤
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中