最新記事

米大統領選

トランプ劇場は終わらない

TVの手法を援用した「主演俳優」のトランプに人々は熱狂し、もはやこの先何が起こってもおかしくない

2016年2月10日(水)20時00分
マーク・チョウ(オーストラリアカトリック大学政治学准教授)、マイケル・オンダーチェ(同歴史学准教授兼人文学部長)

勝利宣言 共和党ニューハンプシャー州予備選で勝利したドナルド・トランプの「劇場型選挙」はまだまだ続く Jim Bourg-REUTERS

 ドナルド・トランプの初戦の敗北は、驚きに満ちた今回の大統領選のなかでも予想外の驚きだった。共和党の指名候補レースの首位として臨んだアイオワ党員集会で共和党のライバル、テッド・クルーズ上院議員に敗北し、トランプ自身も「私はドブ板選挙には慣れていないから」と敗因を分析、殊勝なところを見せていた。

 もっともトランプの反省は長くは続かない。クルーズがアイオワで勝てたのは「選挙で不正をしたからだ」とやぶから棒にツイートで批判、選挙をやり直すかクルーズの勝利を無効にすべきだと息巻いた。

 そしてニューハンプシャー州予備選では、逆転勝利を演じて見せた。まさにリアリティードラマのような展開だ。そこでの一連のエピソードは、トランプについて2つのことを再確認させてくれる。

 第1に、トランプをただの変わり者と片付けるのはもうほとんど不可能ということだ。彼は予測不能でどんな型にもはまらない。次から次へとスキャンダルを巻き起こす。最近も、「自分なら(テロ容疑者の尋問に使われた拷問手法の)水責めを復活させる」という暴言で世を騒がせた。

【参考記事】支持者は歓迎、トランプ「イスラム入国禁止」提案

 ドラマの主演俳優として、トランプは人を魅了し、激怒させる。パフォーマンス・アーティストとして、常に聴衆を求める。現に何百万人ものアメリカ人がトランプの虜になっている。

 トランプは癪に障る。少なくとも西洋で、彼以上に個人崇拝されている政治家は存在しない。いるとすれば、保守強硬派のサラ・ペイリンぐらいだろう(元アラスカ州知事で2008年に共和党の副大統領候補だったペイリンは先月、トランプ支持を表明し、タッグを組んでいる)。

【参考記事】カンニング疑惑より重いペイリンの罪

 トランプに関してわかる第2の点は、今回の大統領選挙では「予想外」の連続に備えたほうがよさそうだということだ。トランプは、選挙予想にプロ生命を懸けている政治アナリストたちを困惑させている。それに対して一般の有権者は、何が起こるかわからない選挙戦にくぎ付けだ。政治としては最悪だとしても、ドラマとしては面白い。

避けられない演劇的要素

 トランプは、アイオワでクルーズに負けた後、ニューハンプシャー州予備選へ向けてリードをどんどん広げていった。

 最近の研究によれば、選挙戦は演劇と何ら変わりない。政策のウケがよくないなら、ショービジネスの手法が有効だという。

 政策だけでなく、演劇的要素が重要なのだ。候補者と有権者の間に「カメラのアングルやオンラインプロデューサー」が介在する今、政治はどんな「物語」を語るかにかかっている。それによって、大衆を団結させることも分断させることもできるのだ。

 どんな候補も、選挙運動を通じて大衆を楽しませるレベルにまでパフォーマンスに磨きをかけなくてはならない。かつてロバート・ケネディの選挙運動アドバイザーを務めた映画監督のチャールズ・グッゲンハイムは、こう言っていた。「人々はドラマやペーソス(哀愁)、陰謀や対立を期待している。それらがドラマチックに1つにまとまるのを求めている」

 こうして選挙戦を素晴らしいショーに仕立て上げられる候補者だけが、大衆の関心を掴める。トランプが共和党ドラマの中で主演を張っているのを見れば、このあり得ない候補者が広範な支持を集める理由もわかるだろう。

【参考記事】ドナルド・トランプはヒトラーと同じデマゴーグ【後編】

 政治にそれほど関心がない人も、これから偉大な物語や面白い見世物が始まることが聞けば関心を持つ。

ショーでも見続ける価値があるのか?

 長年テレビでリアリティー番組の司会を務めたトランプは、大統領選挙を自分の見世物に変えてしまった。大統領選の物語をうまく語れば、人心を操り、利用し、人々の感情や偏見、無知に付け込むことができる。トランプは、それを知っているのだ。

【参考記事】「トランプ旋風」にダマされるな!

 アイオワでの思いがけない敗北のような予想外の展開も、聴衆をますます喜ばせる。先が見えたドラマは退屈で、興味も失われるからだ。

 予備選はこれから、ネバダ、サウスカロライナと続くが、もし選挙キャンペーンが視聴者を虜にするための芝居なら、いっそ観ないほうがいいのだろうか?

 ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ロブ・ウォーカーはこう書いている。人々が劇場から目を背けたからといって、選挙が突然「高尚になる」はずがない。そもそも演劇的な部分を見ないことは不可能だし、それによって有権者や候補者が証拠に基づいた論理的な議論に興味を持ち始めるわけでもない。

 ただし、現代の選挙が娯楽と欺瞞に満ちたショーであればこそ、有権者はその演劇的な要素や技術の存在を知らなければならない。受け身の観客から行動的な参加者にならなければ、どこに落とし穴があるかも気づくことはできない。


This article is part of the Democracy Futures series, a joint global initiative with the Sydney Democracy Network. The project aims to stimulate fresh thinking about the many challenges facing democracies in the 21st century.


Mark Chou
,Associate Professor of Politics, Australian Catholic University

Michael Ondaatje, Associate Professor of History & Head of the National School of Arts, Australian Catholic University

This article was originally published on The Conversation. Read the original article.

The Conversation

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中