コラム

ウォーターゲート報道にいたる分岐点 映画『ペンタゴン・ペーパーズ』

2018年03月29日(木)21時00分
ウォーターゲート報道にいたる分岐点 映画『ペンタゴン・ペーパーズ』

トム・ハンク×スメリル・ストリープ 『ペンタゴン・ペーパーズ』(C)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

<ベトナム戦争の経過を詳細に調査・分析した極秘文書「ペンタゴン・ペーパーズ」をめぐる新聞社の決断>

実話に基づくスティーヴン・スピルバーグ監督の新作『ペンタゴン・ペーパーズ/最高機密文書』は、導入部から意外な展開を見せる。ペンタゴン・ペーパーズとは、1967年に当時の国防長官ロバート・マクナマラの指示で、ベトナム戦争の経過を詳細に調査・分析した極秘扱いの膨大な文書だ。

この映画は、後に内部告発者となる軍事アナリストのダニエル・エルズバーグが、政府の監視官としてベトナムの戦場の現実を目の当たりにするところから始まる。やがて帰国した彼は、政府が期待していることと戦争の実態があまりにもかけ離れていることに疑問を抱き、自らも執筆に加わった機密文書を少しずつ持ち出し、コピーしていく。

そんなエピソードから舞台はいきなりワシントン・ポストの編集局に変わり、編集主幹のベン・ブラッドリーと社主のキャサリン(ケイ)・グラハムを中心に据えたドラマが展開していく。

ブラッドリーは、いつも注視しているニューヨーク・タイムズの記者ニール・シーハンが雲隠れしていることに胸騒ぎを覚え、インターンの若者をニューヨークに送り、彼の動向を探ろうとする。しかし、シーハンが特大のスクープを準備していることに気づいたときにはもう手遅れで、タイムズによって機密文書が暴露される。

そして、ワシントン・ポストがやっとのことで機密文書のコピーを入手したときには、国家の安全保障を盾にするニクソン政権の要請に基づく法廷命令で、タイムズの報道が差し止められている。それでも機密文書の掲載に踏み切れば、株式を公開したばかりのポストは壊滅的な打撃をこうむる危険性がある。グラハムとブラッドリーは難しい決断を迫られることになる。

ワシントン・ポストが超一流紙になれるかどうか瀬戸際のドラマ

ペンタゴン・ペンパーズを最初にスクープしたのは、ベトナム戦争の取材で異彩を放っていたニューヨーク・タイムズのニール・シーハンだ。ところがこの映画では、タイムズのエピソードがわずかに描かれるだけで、シーハンが顔を見せるのもほんの一瞬に過ぎない。ペンタゴン・ペーパーズと報道の自由が映画の重要なテーマであることは間違いないが、それを独自の切り口で掘り下げているのだ。

映画の原作というわけではないが、デイビッド・ハルバースタム『メディアの権力』を読んでいる人には、その狙いがわかりやすいかもしれない。なぜなら、この映画は、同書の19章「ケイとブラッドリーの新聞」と22章「ベトナム秘密文書報道の苦悶」を繋げたような物語になっているからだ。

そこで筆者がまず注目したいのが、「The Post」という映画の原題だ。これは単にワシントン・ポストのことを意味しているだけではない。『メディアの権力』の以下の記述は、そのヒントになるだろう。


「ニューヨーク・タイムズはアメリカの新聞のなかでずば抜けた存在だ、とブラッドリーも認めざるをえないことが多かった。大きな仕事をするだけの財政的な力、取材態勢、権威と伝統をもっている新聞はタイムズ以外にない。タイムズは、政府の官僚機構に匹敵する組織をもち、独自の権力機構になっているように思えた。タイムズだけは"ザ・タイムズ"と、正式の名前で呼ばれる。そのほかは、ただの新聞に過ぎない」

つまり、この映画には、ただの新聞に過ぎなかったワシントン・ポストが、超一流の新聞になれるかどうかの瀬戸際のドラマがスリリングに描き出されている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

MAGAZINE

特集:弾圧中国の限界

2019-6・25号(6/18発売)

ウイグルから香港、そして台湾へ──強権政治を拡大し続ける共産党の落とし穴

人気ランキング

  • 1

    未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会

  • 2

    嫌韓で強まる対韓強硬論 なぜ文在寅は対日外交を誤ったか

  • 3

    タンカー攻撃、イラン犯行説にドイツも異議あり

  • 4

    自撮りヌードでイランを挑発するキム・カーダシアン

  • 5

    「香港は本当にヤバいです」 逃亡犯条例の延期を女…

  • 6

    石油タンカーが攻撃されても、トランプが反撃しない…

  • 7

    年金問題「老後に2000万円必要」の不都合な真実

  • 8

    アメリカの衛星が捉えた金正恩「深刻な事態」の証拠…

  • 9

    本物のバニラアイスを滅多に食べられない理由――知ら…

  • 10

    難民を助ける「英雄」女性船長を、イタリアが「犯罪…

  • 1

    ファーウェイ、一夜にして独自OS:グーグルは米政府に包囲網解除を要求か

  • 2

    タピオカミルクティー飲み過ぎで病院!? 中国の14歳少女に起こった一大事

  • 3

    未婚男性の「不幸」感が突出して高い日本社会

  • 4

    厳罰に処せられる「ISISの外国人妻」たち

  • 5

    香港大規模デモ、問題の「引き渡し条例」とは何か?

  • 6

    サーモンを愛する「寿司男」から1.7mのサナダムシ発見

  • 7

    「ゴースト」「ドイツの椅子」......ISISが好んだ7種…

  • 8

    日本の女性を息苦しさから救った米国人料理家、日本…

  • 9

    アメリカの衛星が捉えた金正恩「深刻な事態」の証拠…

  • 10

    自撮りヌードでイランを挑発するキム・カーダシアン

  • 1

    サーモンを愛する「寿司男」から1.7mのサナダムシ発見

  • 2

    台湾のビキニ・ハイカー、山で凍死

  • 3

    マイナス40度でミニスカ女子大生の脚はこうなった

  • 4

    現代だからこそ! 5歳で迷子になった女性が13年経て…

  • 5

    プラスチック製「人工子宮」でヒツジの赤ちゃんが正…

  • 6

    タピオカミルクティー飲み過ぎで病院!? 中国の14…

  • 7

    貧しい人ほど「割増金」を払い、中・上流は「無料特…

  • 8

    アメリカの衛星が捉えた金正恩「深刻な事態」の証拠…

  • 9

    トランプ、エリザベス女王にまたマナー違反!

  • 10

    脳腫瘍と思って頭を開けたらサナダムシだった!

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

英会話特集 資産運用特集 グローバル人材を目指す Newsweek 日本版を読みながらグローバルトレンドを学ぶ
日本再発見 シーズン2
広告営業部員ほか求人情報
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
CHALLENGING INNOVATOR
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版別冊

絶賛発売中!