コラム

財政負担問題はなぜ誤解され続けるのか

2018年12月10日(月)16時10分

Hiromi Kudo-iStock

<増税論にとっての最後に残された切り札のような役割を果たしてきた、政府債務の将来世代負担論。「政府債務はどこまで将来世代の負担なのか」。改めて以前とは異なったアプローチで説明を試みてみる>

安倍政権はこれまで、消費税の8%から10%への引き上げを2回延期してきた。それを再度延期するのか、それとも予定通りに2019年10月に実施するのかを決めるタイム・リミットが迫る中で、増税派と反増税派双方の訴えかけが再び熱を帯びつつある。

2018年12月に発売された『別冊クライテリオン:消費税増税を凍結せよ』には、藤井聡内閣官房参与、山本太郎参議院議員、岩田規久男前日銀副総裁など、これまで反緊縮の立場から発言をしてきた主要な論者の多くが寄稿している。それぞれの寄稿者たちの政治的スタンスは、保守派からリベラル派、安倍政権支持派から批判派にいたるまで、文字通り千差万別である。にもかかわらず、「現状は何よりもデフレからの完全脱却が優先されるべきであり、その実現を危うくする消費増税は凍結されるべきである」という基本的な政策的主張に関しては、各論者に異論はほとんど存在していない。

それとはあらゆる意味で対照的なのが、財務相の諮問機関である財政制度等審議会が2018年11月20月付で公表した提言「平成31年度予算の編成に関する建議」である(以下では「建議」と略称する)。この文書の起草委員一覧には、日本でこれまで増税による財政再建を訴え続けてきた代表的な専門家が網羅されている。この「建議」の論調は、まさしくその起草委員の顔ぶれから予想される通りである。すなわち、一般政府債務残高の対GDP(国内総生産)比率が238%に達したという事実を指摘しつつ、「平成という時代はこうした厳しい財政状況を後世に押し付けてしまう格好となっている」として、平成という時代そのものを厳しく断罪する。

増税派の切り札としての「政府債務=将来世代へのツケ」論

「建議」では、以下のように、こうした「財政悪化」を放置し続けてきた日本政府(あるいはそれを支持してきた日本の有権者)に対して、この種の文書では異例と思われるほどの感情的な表現を用いた厳しい批判が展開されている。


かつて昭和の政治家は戦後初めて継続的な特例公債の発行に至った際に「万死に値する」と述べたとされるが、その後先人達が苦労の末に達成した特例公債からの脱却はバブルとともに潰えた一時の夢であったかのようである。より見過ごせないことは、平成14 年(2002 年)から財政健全化に向けた出発点となる指標として掲げている国・地方合わせたプライマリーバランスの黒字化という目標すら、15 年を超える歳月を経てもいまだ達成されていないことである。

地球温暖化を含む環境問題について、所有権が存在せず、多数の主体がアクセス可能な資源が過剰に利用され枯渇するという「共有地の悲劇」が指摘されることがあるが、財政にもまた「共有地の悲劇」が当てはまる。現在の世代が「共有地」のように財政資源に安易に依存し、それを自分たちのために費消してしまえば、将来の世代はそのツケを負わされ、財政資源は枯渇してしまう。悲劇の主人公は将来の世代であり、現在の世代は将来の世代に責任を負っているのである。

先人達や、新たな時代そして更にその先の時代の子供達に、平成時代の財政運営をどのように申し開くことができるのであろうか。

政府債務による財政破綻論と将来世代負担論は、増税派の論者たちがそれを訴える論拠として、長きにわたって車の両輪ともいえるような役割を果たしてきた。ところが近年では、あからさまなおどろおどろしい財政破綻論は、一部に根強く残っているものの、ギリシャ・ショックが起きた2010年頃に比べれば明らかに数少なくなっている。その背景には、リーマン・ショック以降の世界大不況からの回復がまがりなりにも進んだことによって、各国の財政状況が着実に改善してきたという厳然たる事実がある。つまり、財政破綻論と現実との乖離がより拡がったことによって、ギリシャ・ショックの頃にはあったように見えたその「説得力」が失われたということである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB当局者、利下げ急がない方向で一致 インフレ鈍

ビジネス

訂正-NY外為市場=ドル上昇、米指標やFRB高官発

ビジネス

中東情勢悪化、世界経済に大きなリスク=独財務相

ビジネス

訂正-4月米フィラデルフィア連銀業況指数、15.5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 4

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 5

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 6

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 9

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 10

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story