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マクロスコープ:高市氏、賃上げ「丸投げしない」 前政権とのパラダイムシフト鮮明に

2025年11月14日(金)14時56分

10月、国会で所信表明演説を行う高市早苗首相。REUTERS/Kim Kyung-Hoon

Tamiyuki Kihara

[東京 14日 ロイター] - 高市早苗首相が政府の賃上げ政策の方向性を前政権から転換している。最低賃金の目標値を明示しないなど企業側の立場を重視していると見る野党側から疑問の声が上がる一方、高市氏は「賃上げができる環境の整備」を優先する考えを強調し続けている。岸田文雄、石破茂両政権からのパラダイムシフトの大きなポイントは、経済成長を目指す「起点」が異なることだ。

<「1500円目標の撤回だ」>

「時給をいまの段階で明確に目標を示すのは非常に難しい。ちょっとでも上がっていくように。いま明示的に何円までと示す政府として統一したものはない」。高市氏は14日の参院予算委員会で、これまで政府が目標としてきた最低賃金を2020年代に全国平均時給1500円とする考え方を踏襲するか問われ、こう答弁した。

質問した立憲民主党の古賀之士氏は「目標値に向かって進まないと政策の検証ができない。具体的な数字を示してほしい」と詰め寄ったが、高市氏は「物価高を超える賃上げを目指している。結果的にはこれまでの目標より高くなっていく可能性もあるし、外的要因でショックが起きてそれが難しい場合もある」と説明。「賃上げができる環境を示していく。金額を申し上げると地方を含めたたくさんの中小・小規模事業者に丸投げしてしまうことになる。それはとても無責任なことだ」と述べた。古賀氏は「事実上の時給1500円目標の撤回だ」と批判した。

<「賃上げを起点」とした前政権>

政府が初めて最低賃金(時給)目標を「全国加重平均1500円」としたのは23年8月のことだ。岸田文雄首相(当時)が「新しい資本主義実現会議」で「30年代半ばまでの実現を目指す」と表明した。それまでの政府目標だった1000円の達成見通しを受けたものだ。次の石破茂政権では岸田氏の目標達成時期を「20年代」へと前倒しした経緯がある。

岸田政権の後期、目標額の上乗せに加えてもう一つ大きな政府方針の変更があった。24年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」に「賃上げを起点とした所得と生産性の向上」を盛り込んだことだ。

それまでの政府方針で一般的だった「経済成長の土台の上」に「構造的な賃上げ」を実現するとの考え方から、賃上げを先行させることで消費や投資の拡大を図り、その結果として企業収益が押し上げられ、家計が潤ってさらに消費の増加につながる「好循環」を目指す考え方にシフトしたものだ。

石破政権でも方針は継承され、今年5月に公表した「中小企業・小規模事業者の賃金向上推進5か年計画」では、29年度までの5年間で「持続的・安定的な物価上昇の下で、物価上昇を1%程度上回る賃金上昇を賃上げのノルム(社会通念)として我が国に定着させる」と明記。「賃上げと投資がけん引する成長型経済の実現」とも盛り込み、賃上げを先行させた経済成長モデルを目指す考えを改めて強調した。

実際、連合が今年7月に発表した25年春闘の最終集計では、ベースアップ(ベア)と定期昇給を合わせた平均賃上げ率が5.25%となり、1991年(5.66%)以来34年ぶりの高水準となった。中小の賃上げ率(4.6%)とは開きがあるものの、政府関係者は「最低賃金に当てはめれば1500円も達成できる数字だ」と評価した。

一方、財務省の法人企業統計調査によると、金融保険業を除く全産業の利益剰余金は24年度に約637.5兆円と前年度から約36.5兆円増加し過去最高を更新した。5年間で約162兆円以上増えた計算になる。「賃上げの原資はまだまだ十分にある」(財務省幹部)というのがこれまでの政府の基本スタンスだ。

<高市氏「株主配当行き過ぎ」とも>

これに対し高市氏は首相就任後、既存の「新しい資本主義実現会議」に替えて「日本成長戦略会議」を新設。年内の策定を目指す総合経済対策の案文では、まず「大胆かつ戦略的な『危機管理投資』と『成長投資』」を推進し、「雇用と所得を増やし、潜在成長率を引き上げ、『強い経済』を実現する」と強調した。

賃上げについては「物価上昇を上回る賃上げは必要だが、それを事業者に丸投げしてしまっては事業者の経営が苦しくなるだけ」との立場を繰り返し表明しており、あくまで「積極財政」による企業側への対応が先決だとの姿勢を崩していない。

14日の参院予算委では、国民民主党の川合孝典氏が利益剰余金や株主配当が増加する一方、人件費が伸びていない現状を提示。「(企業は賃上げの)支払い余力がないというが、内部留保され続けている。数字を見る限り支払い余力は高まっている」と指摘した。

これには高市氏も「企業が過度に預貯金をため込むというのではなく、賃上げを含む人への投資に効果的に活用してほしい」と企業側に注文。「株主に目を向ける、行き過ぎた傾向があったのではと思っている」とした上で、「コーポレートガバナンスコードを改定し、株主のみならず働いている方にも適切に(利益を)配分することを促していく」と語った。

経済成長の「起点」を「賃上げ」から「積極財政」へと転換した高市氏。経済成長を実現しつつ、前政権を上回る賃上げを達成できるのか。財政規律の観点からも、厳しい目が向けられている。

(鬼原民幸 編集:橋本浩)

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