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アングル:イタリアで続く若いシェフの流出、「長時間・低賃金」に嫌気

2023年11月27日(月)18時22分

 11月25日、地中海に浮かぶイタリア南部の島サルディーニャで育った多くの若者と同じように、ダビデ・サンナさん(25)もイタリア料理が大好きで、シェフとしての成功を望んでいた。ニューヨークで22日撮影(2023年 ロイター/Brendan McDermid)

Antonella Cinelli

[ローマ 25日 ロイター] - 地中海に浮かぶイタリア南部の島サルディーニャで育った多くの若者と同じように、ダビデ・サンナさん(25)もイタリア料理が大好きで、シェフとしての成功を望んでいた。しかし、そのためには米ニューヨークに移り住まなければならなかった。

サンナさんは19歳でキャリアをスタート。サルディーニャ島と北イタリアの厨房で4年間働いた。しかし、週60時間労働で手取りはわずか月1800ユーロ(1963.26ドル)。夏の繁忙期には2カ月間、休みなく毎日コンロに向かうこともあった。そんな時、仲間のシェフからニューヨークのレストラン経営者を紹介され、一も二もなく移籍を決めた。

この1年間はブティックやギャラリーが並ぶマンハッタン・ソーホー地区にあるイタリアンレストランで腕を振るっている。週50時間働き、稼ぎは月7000ドルに増えた。「今は契約が正規で、ただ働きはゼロ。そして1分でも余分に働けば、その分の賃金が支払われる。イタリアと大違いだ」と話す。

世界に名だたるイタリア料理だが、才能ある若手シェフの多くが低賃金、労働者保護の欠如、展望のなさから自国でのキャリアを断念している。イタリアは25年前の単一通貨ユーロ発足以来、経済がユーロ圏で最も低迷している。

エミリア・ロマーニャ州のモデナでレストラン「オステリア・フランチェスカーナ」を経営するマッシモ・ボットゥーラ氏のようなスターシェフが、イタリア料理の革新に取り組んではいる。

だが、その豊かな料理の伝統を考えると、イタリアにトップクラスのレストランが少ないのは紛れもない事実だ。ミシュランで最高ランクの三つ星を獲得している店は、13軒でスペインと同じ。一方、日本は21軒で、フランスは29軒だ。

イタリアの厳しい国内事情によるシェフ流出は、今に始まったことではない。ピザやパスタといったイタリア料理は19世紀後半から起きたイタリア人の海外への大量移民によって世界に広がり、欧米で人気が高まった。

しかし、新型コロナウイルスのパンデミックによる短期的な中断を除けば、経済成長の高い国で仕事を得ようと海外に出ていく若者の数は、この数十年間に着実に増え続けている。海外移住と出生率の低さが人口危機に拍車を掛け、5900万人のイタリアの人口は減少している。とりわけ経済的に取り残された南部からの流出が多い。

<絶対に戻らない>

シチリア島出身のシェフ、ロベルト・ジェンティーレさん(25)は英国とスペインで働いた後、フランス南部トゥールーズ近郊のミシュラン2つ星フレンチレストランで2年前からシェフとして働いている。

母国とイタリア料理への思い入れは強いが、経済的な理由から帰国は考えていない。「海外で経験を積み、高いレベルに達したら、イタリアに戻ってふさわしい仕事と給料を見つけたいけれど、それはない。5年後に自分がどこにいるかと言ったら、イタリアはあり得ない」という。

ジョルジア・ディ・マルツォさん(36)は英国で8年間シェフ兼レストランマネージャーとして働いた後、2018年に思い切ってイタリアに戻ることを決めた。だが、ミラノのレストランが提示した条件は週50時間働き、月給はわずか1200ユーロ(1284.84ドル)。イタリアは実質賃金が過去30年間で低下した欧州唯一の国だ。

マルツォさんは結局、生まれ故郷のガエタに自分のレストランを開いた。ところが、昨年は経費高騰のため冬の閑散期に3カ月間の休業を迫られ、パンデミック後には高リスク部門とみなされて銀行からの融資も受けられなくなった。「何とか経営を続けているけれど、従業員には有期の契約しか提供できない」と話す。

イタリアでは外食が日常生活の一部となっている。調査会社IBISワールドのデータによると、国内のレストランとテイクアウト店の数は15万6000軒と、欧州ではフランスに次いで2番目に多い。

しかし、業界団体FIPEによると、高い税金、煩雑な役所による事務手続き、厳しい経済状況を背景に国内のレストランは過去6年間、既存店の閉店数が新規開店数を上回り続けている。

<闇労働>

情勢の厳しさゆえ、多くのレストラン経営者は従業員の数を申告せず、この業界では大規模な「影の経済」がまん延している。欧州労働監督機関の統計によると、イタリアはこうした無届け労働が民間部門の全生産の約5分の1を占め、欧州連合(EU)平均の15%を大きく上回っている。イタリアのデータから、こうした無届け労働が特に接客業で多発していることが分かる。

イタリア人にとって、食は栄養や楽しみにとどまらない。地方や国のアイデンティティの重要な一部であり、非常に大切にする。

だが、最も伝統的なイタリアンレストランの厨房でさえ、低賃金の移民労働者がシェフとして働いていることが少なくない。労働許可証がないペルー人、フリオさん(31)もその1人。ローマのレストランでピザとパスタを調理している。週48時間働いて月給は1400―1600ユーロ。常に闇労働だという。

<英国で成功>

フランチェスコ・マッツェイさん(50)は、故郷であるイタリア南部カラブリア州と、その後にローマでシェフとして修業を積んだ後、27年前に「たばこ代も持たずに」渡英し、2008年に金融街に有名レストラン「ラニマ」をオープンした。

「英国にはチャンスがある。イタリアではこんなことは絶対にできなかった」と振り返る。イタリアでは雇用に掛かる社会保障や税の負担が重いことなどが響き、シェフは労働時間が英国よりも長いのに給与は安いという。

スペイン・バルセロナの高級レストランで働くシェフのアントニオ・バスさん(28)もサルディーニャ島出身。スペインの給与は欧州北部よりは低いが、それでも労働条件は本国イタリアよりはるかに良く、正当な職を得るのに「頼み込む必要がない」と語った。

ロイター
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