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アングル:保守色強まる最高裁、変わる米国の法律 今後の展開は

2022年07月06日(水)09時03分

 人工妊娠中絶、銃規制、宗教、そして気候変動対策──直近の司法年度で米連邦最高裁判所が示した判断は、ここ数十年で最も物議を醸した。写真は6月24日、最高裁の前で抗議する、中絶容認派の人たち(2022年 ロイター/Jim Bourg)

[ワシントン 1日 ロイター] - 人工妊娠中絶、銃規制、宗教、そして気候変動対策──直近の司法年度で米連邦最高裁判所が示した判断は、ここ数十年で最も物議を醸した。そこに浮かび上がってくるのは、優位を拡大した保守派が、米国社会に深甚な影響を及ぼす権力を大胆に行使する状況だ。

民主党のジョー・バイデン大統領の指名により6月30日に就任宣誓を行ったケタンジ・ブラウン・ジャクソン判事は、同日付けで引退したスティーブン・ブライヤー判事と同様にリベラル派だが、それでも6対3で保守派が多数を占める連邦最高裁のイデオロギー的な勢力バランスは変わらない。

10月に始まる次の司法年度においても、多くの重大な案件を巡って保守派の攻勢が続く可能性がある。

6月30日で終了した直近の司法年度に連邦最高裁が何をしたのか、そしてどのような方向に進もうとしているのかを見ていこう。

●妊娠中絶と個人の自由

人工妊娠中絶に関する6月24日の判断において、連邦最高裁は中絶措置を全米で合法化した歴史的な1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆し、保守派の活動家たちが長年待ち望んだ勝利をもたらした。最高裁は、中絶に関する規制を各州に委ねた。この判断を受けて、保守派優位の州はただちに、従来は下級裁判所によって阻止されてきた人工妊娠中絶の全面禁止を初めとする中絶規制の施行を検討しはじめた。

保守派の中には、さらに踏み込んで連邦議会による立法措置もしくは連邦最高裁の判断により全米で人工妊娠中絶を禁じることを望む者もいるが、連邦最高裁判事らがそうしたアプローチを受け入れるかどうかは未知数だ。

保守派のクラレンス・トーマス判事は、同意意見の中で、連邦最高裁は同性婚、同性間の性行為、避妊の自由を含めた個人の自由を保護する数十年前の判例を覆すことを考慮すべきだと書き、左派の警戒を招いた。他の判事たちがこうした動きに同調するかどうかは不明だ。

●銃規制

もう1つの重大な判断は、銃所持の権利の拡大だ。連邦最高裁は6月23日、公共の場で拳銃を携帯する権利は合衆国憲法で保障されているとの見解を示した。

ニューヨーク州における公共の場所での拳銃所持に対する制限を、合衆国憲法修正第2条の「武器を保有し携帯する」権利の侵害に当たるとして違憲としたもので、もっと厳しい銃規制を実施している州や自治体に最大級の影響をもたらすだろう。

この判断では同時に、下級裁判所は今後、銃規制について、米国の歴史を通じて伝統的に採用されてきた規制と比較してその合憲性を評価しなければならないと宣言しており、法律研究者らは、他の銃規制も違憲とされるものと予想している。

●気候変動と連邦政府による規制

最高裁は6月30日、発電所の温室効果ガス排出量削減を巡り、連邦政府が包括的な規制を設定する権限を制限する判断を下した。これによって、環境保護局(EPA)が発電所からの温室効果ガスの排出を規制する権限が抑制された。

この判断は、炭素排出抑制に向けたバイデン政権の積極的な計画にとって打撃となるが、連邦最高裁が「重要問題」法理と呼ばれるものを発動したことにより、それだけにはとどまらない広範な意味を持っている。すなわち、政府機関が全米規模での重要性を持つ措置をとる場合には、連邦議会による明示的な同意が必要になるという原則である。これからは規制に抵抗する企業グループが訴訟においてこの法理を提起する可能性が高い。何が「重要問題」に該当するかは、裁判官の裁量に委ねられている。

●宗教

連邦最高裁は最近の一連の判決において、政教分離の壁をさらに削り、政府当局者が特定の宗教を推奨することを禁じてきた米国の法的な伝統を脅かしている。

試合終了後に選手とともにグラウンドで祈りをささげた公立高校のフットボール部コーチを支持した6月27日の判断を含め、連邦最高裁はすべての訴訟において、政府による宗教推奨を禁止する、合衆国憲法修正第1条の「国教樹立禁止条項」に違反しないための政策や措置をとった政府当局者に不利な判断を示した。

これらの判断によって、公立学校の教師を含む公務員が勤務中にどの程度まで宗教的見解を表明できるかという点について、今後さらに訴訟が増える可能性が出てきた。さらに、政府出資のプログラムに宗教団体が参加することも容易になった。

●人種

連邦最高裁が次年度に審理することを予定している訴訟の中には、大学が学生の多様性を実現するために入試の際に人種に配慮する政策について、保守派勢力が撤回を求める道を開くものが2件含まれている。

黒人やヒスパニック系の学生を増やすために多くの大学が採用してきた積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)に対し、保守派は長年にわたり異議を唱えてきた。

また連邦最高裁は、ネイティブ・アメリカンの子どもの養子縁組においてネイティブ・アメリカンの家庭を優先するという、数十年来の連邦政府の要件の合法性をめぐる訴訟も審理することになる。この要件は非ネイティブ・アメリカンに対する差別であるというのが原告の主張だ。

●選挙

連邦最高裁は近年、投票規則の策定や選挙区割りの決定に関する政治家の行動を、裁判所が事後的に検証することを困難にしてきた。

連邦最高裁の判事たちは6月30日、共和党が支援するノースカロライナ州からの上告について、次年度に審理することで合意した。判断次第では、州裁判所が州議会の行動を審査する権限が制限され、連邦選挙に関して州議会により大きな権力が与えられる。この訴訟は、2024年以降の選挙に対して広範な影響を与える可能性がある。

複数の法律専門家によれば、州議会が、州裁判所、あるいは州知事からの抵抗からも自由になれば、接戦となった選挙における当選者の認定に影響が出る可能性がある。2020年の大統領選挙でバイデン候補に敗北したドナルド・トランプ前大統領が「広い範囲で不正投票が行われた」と根拠なく主張したことを受けて、共和党議員主導により多くの州が制定したものなど、投票規制に対して異議を唱えることが困難になりかねない。

連邦最高裁が次年度に審理する予定のもう1件の訴訟により、黒人その他のマイノリティー有権者を保護するために制定された画期的な1965年の投票権法が、さらに骨抜きになる可能性がある。この訴訟は、アラバマ州の連邦議会下院選挙における共和党主導の選挙区割りを巡る争いである。

(Lawrence Hurley記者、Andrew Chung記者、翻訳:エァクレーレン)

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