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アングル:アルツハイマー新薬承認のFDAに専門家から疑義の声

2021年06月15日(火)12時19分

6月11日、米医薬品大手・バイオジェンがエーザイと共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュヘルム(一般名・アデュカヌマブ)」は、米食品医薬品局(FDA)が約20年ぶりに承認したアルツハイマー病向け新薬となった。米メリーランド州ホワイトオークのFDA本部で2020年8月撮影(2021年 ロイター/Andrew Kelly)

[11日 ロイター] - 米医薬品大手・バイオジェンがエーザイと共同開発したアルツハイマー病治療薬「アデュヘルム(一般名・アデュカヌマブ)」は、米食品医薬品局(FDA)が約20年ぶりに承認したアルツハイマー病向け新薬となった。

だが、これによって強固な証拠の確立を後回しにして市販を許可するFDAの「迅速承認制度」が史上最大の危機に直面している、と専門家などが警告している。

アデュカヌマブが承認を得られたのは、あくまでアルツハイマー病の原因である可能性が大きいとみなされる脳内の有害タンパク質「アミロイドベータ」を減らすことができるという証拠に基づいた対応。アルツハイマー病の進行自体を本当に遅らせる効果があると、はっきり証明されたわけではない。

1992年に導入された迅速承認制度の下で、これまでに承認された案件は250件を超える。制度が主に適用されるのは希少疾患、つまり患者数が少なくて有効な治療法が手に入らないケースだ。FDAは承認後、製薬会社に追加臨床試験で効果を確認することを義務付け、効果が確認できないと承認は撤回される。

しかし、アデュカヌマブの場合、潜在的な患者数や医療制度が負担するコストの面で、迅速承認が過去に適用された案件と根本的に異なる。

さらにFDAは今回、専門家諮問委員会の意見を無視して「強行突破」した。諮問委員会は、バイオジェンが臨床上の有効性を十分に示せなかったと結論づけており、迅速承認決定に抗議する形で、現在までに3人の委員が辞任している。

ペン・メモリー・センターの共同ディレクター、ジェーソン・カーラウィッシュ博士は「FDAの決定は、科学的な手続きと方法の土台を揺るがしている」と苦言を呈した。カーラウィッシュ氏は、アデュカヌマブの臨床試験の1つを手掛けた人物だ。

同氏によると、FDAは独断で決定を下し、諮問委員会に対してアデュカヌマブのアミロイドベータ削減効果が患者の症状改善につながるかどうか検討するよう要請していない。「これは科学的、臨床的、政治的に憂慮すべき出来事だ」という。

バイオジェンは迅速承認を獲得した以上、必要な追加臨床試験を完了するまでの間、アデュカヌマブを実際に販売して最大で年間100億─500億ドルの売上高を稼ぐことが可能だ。同社の説明では、アデュカヌマブによる治療に適する初期のアルツハイマー病患者は米国に約150万人存在。アルツハイマー協会の試算では2050年までに米国のアルツハイマー病患者は今の倍以上の1300万人前後まで増加する。

ただ、FDA専門家諮問委員の1人で、ジョンズ・ホプキンス大学のカレブ・アレクサンダー教授(公衆衛生学)は「満たされないニーズがどれだけ大きかろうと、十分な証拠の代わりにはなれない」と強調した。

一方、バイオジェンの研究責任者、アルフレッド・サンドロック氏は、FDAが過去2年にわたって臨床試験結果を念入りに分析した末に、結論を下したと反論。「彼らは、米国民のためになる正しい判断にたどり着いたと信じている」と述べた。

<時間がかかる追加臨床試験>

アミロイドベータの除去は、長らくアルツハイマー病薬開発の標的となってきた。だが、従来はアミロイドベータの減少を通じて認知機能や身体機能の低下スピードを遅らせることで患者に著しいメリットをもたらす効果があると判明した治験薬はゼロだった。

これに対し、FDA新薬部門責任者のピーター・スタイン博士はロイターに、アデュカヌマブはアミロイドベータの減少と、患者の認知機能低下の遅れの間に、これまでで最も明白な相関性が示され、臨床上の有効性を予見できることがうかがえると説明した。

ところが、専門家の間ではアミロイドベータの除去が臨床上の有効性を予見するかどうか不確実だ、との声も聞かれる。

カーラウィッシュ氏は「そもそも迅速承認制度をFDAによって解釈・利用されているような形で運用するのは、見直す必要がある」と訴えた。

医療費監視団体のインスティテュート・フォー・クリニカル・アンド・エコノミック・レビュー(ICER)の報告書によると、迅速承認を得た新薬のうち、正式承認となったのは半分近くで、正式承認までの期間の中央値は約3年。イーライリリーの悪性軟部腫瘍治療薬は結局、承認が撤回され、ロシュの「アバスチン」も乳がん治療への適用は取り消されている。

ICERは、追加臨床試験の多くは完了までに時間がかかり、結果もあいまいな場合がしばしば見受けられるとも指摘した。

バイオジェンは、アデュカヌマブの追加臨床試験には9年を要する可能性があるとしている。FDAは、この見積もりについて「保守的」だとした上で、試験をできるだけ短期で完了させる取り組みを支援すると表明した。

同社が想定しているアデュカヌマブの価格は、年間5万6000ドルと非常に高額だ。それでも患者団体はFDAの決定を評価し、今後この分野の研究開発を活性化させて、がんやHIVなどのような複数の薬を組み合わせて治療効果を高める方法などを生み出してほしいと期待している。

(Deena Beasley記者、Julie Steenhuysen記者)

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