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焦点:介護施設職員にどうワクチン広めるか、カナダの大作戦

2021年01月25日(月)14時41分

 1月21日、カナダのオンタリオ州保健当局者たちは、長期介護施設の職員を対象に短期間で新型コロナウイルスワクチン接種を進めるには、大規模な集中型医療拠点を使うのが最も効果的だと考えていた。写真は4日、トロントの医療施設でワクチン接種を受ける医療関係者(2021年 ロイター/Carlos Osorio)

[トロント 21日 ロイター] - カナダのオンタリオ州保健当局者たちは、長期介護施設の職員を対象に短期間で新型コロナウイルスワクチン接種を進めるには、大規模な集中型医療拠点を使うのが最も効果的だと考えていた。施設職員への接種は、重症化リスクの高い高齢入所者を守る施策だ。

ところが、職員の一部が州都トロントのような大きな都市の病院に行くことができない、あるいは医療システムやワクチンへの不信から行こうとしないと実態が明らかになった。

そこで、当局者たちは「新しい作戦」に出た。介護施設を直接回って接種する。接種チームは施設職員と気軽に話して、彼らの懸念を解消することもできる。

長期介護施設職員の接種率を上げることは、そうした施設でのコロナ死者と流行のさらなる拡大を抑止する上で欠かせない。専門家は最近、最悪の場合、長期介護施設で2月14日までに入所者1520人がさらに亡くなる可能性があると警告した。

昨年にカナダのそうした施設をコロナ第1波が襲った際、一部の介護職員は基本的な防護装備さえないままに、自分で自分を守るしかなかった。

多くの長期介護施設で診療に携わる緩和ケア医師のアミット・アルヤさんは「われわれは彼らを英雄と呼んできたが、実際にはそう扱ってこなかった」と話す。

オンタリオ州では、長期介護施設の入所者が3000人超、これまでにコロナで亡くなっている。これは同郡のコロナ死者の58%に相当する。10人の施設職員も亡くなった。

州当局に提出された証言によると、感染流行が発生して一部の施設では極端に人手が不足し、入所者に食事を与えるといった基本的な世話もままならなくなった。

アルヤさんは「長期介護施設の職員たちは不安だらけで、状況にも怒り心頭。自分たちは犠牲にされたと感じている」と説明する。

介護施設職員の間には、ワクチン接種へのためらいや忌避感情もある。これも、他の似たような流行地域で大型の集中型ワクチン拠点に頼り過ぎれば、失敗するかもしれない理由の1つだ。

「この方式は、どの人々にもうまくいくわけではない」と語るのは、介護施設の入所者と職員向けに巡回接種チームを派遣するユニバーシティー・ヘルス・ネットワーク(UHN)の最高医療責任者、ブライアン・ホッジズ氏。

トロントで同UHNが訪問した施設では、接種を持ちかけた入所者はほぼ全員が強く希望した。これに対して職員の接種率は低い場合は25%、高くても85%という。しかし、こうした職員たちが施設にウイルスを持ち込んでしまう可能性があるのだ。

<ワクチンへの懸念は施設職員にとどまらず>

接種をためらうのは、介護施設の職員に限らない。調査機関のアンガス・リードの最近の調査によると、カナダ国民でなるべく早く接種を受けたいとの回答は約半分しかいなかった。約30%は「そのうちに」と答え、残りは「よく分からない」か「受けたくない」だった。

一方、最近のギャラップの調査によると、米国では接種に前向きな比率は6割超になっている。

UHNは介護施設職員たちに個別に意見を聞いた結果、施設のロビーなどの目につきやすい場所に職員向け接種拠点を設けることを思いついた。そうすれば、行ったり来たりする職員がそのついでに、列に並ぶこともなく接種を受けられるし、UHNのスタッフがうろうろして職員と言葉を交わすこともできる。

ホッジズ氏は「われわれは彼らの質問に答え、彼らは同僚が接種されるのを目にする。そうしたら次に彼らが接種に立ち止まってくれる」と語った。

スタッフには心理的でなく、実際的なハードルもある。医療介護者労組のシャーリーン・ステュワート委員長によると、職員の一部は大規模接種拠点にやってくる手段が簡単にはないか、あるいは職場を抜けて接種を受ける時間的な余裕がない。

さらに、長期介護施設スタッフの多くは、移民だったり有色人種だったりする。彼らはコロナ感染の打撃が最もひどい社会集団で、これもワクチン不信を高めている可能性がある。

カナダ統計局の調査では、カナダで生まれた国民で接種に前向きなのは59.4%だったのに対し、移民では52%だった。

カナダの科学者や専門家でつくるコロナ患者支援グループ「COVID-19・リソーシズ・カナダ」の責任者、クリシャナ・サンカー氏によれば、家族間や友人間でメッセージアプリを通じてワクチンについての誤情報が拡散している。

同グループは毎日、オンライン会議システム「Zoom」で、長期介護施設の職員がワクチンについて専門家に質問できる場を設けている。接種をためらう同僚にどう説明すればいいか助言を求めて参加する人もいれば、異例の短い期間で開発されたワクチンの安全性や有効性について、自分なりの質問をぶつけてくる人もいるという。

サンカー氏は「多くの人が、ワクチンに懸念を抱いている。われわれがそういう質問に答え出すと、そのたびに多くの人は不安がかなり和らいだように見えた」と語った。

(Allison Martell記者)

ロイター
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