ニュース速報

ワールド

焦点:コロナ「集団免疫」、ワクチンでの獲得期待に潜む落とし穴

2020年11月24日(火)16時15分

 11月18日、世界各地の政府や当局者の間で、新型コロナウイルスワクチンが「集団免疫」をもたらしてくれるかもしれないとの希望の声が広がりつつある。10月30日撮影(2020年 ロイター/Dado Ruvic)

[フランクフルト/ロンドン 18日 ロイター] - 世界各地の政府や当局者の間で、新型コロナウイルスワクチンが「集団免疫」をもたらしてくれるかもしれないとの希望の声が広がりつつある。人口の3分の2が免疫を獲得すれば、パンデミックを食い止めることが可能で、地域社会もしくは国全体を守ることができるとの計算も聞かれる。

しかし、こうした考え方には幾つかの「ただし書き」が付き、ワクチンが予防し得るかもしれないことにも多くの課題がある点から、そうした期待は間違いだと一部の専門家は警鐘を鳴らす。

ワクチンで新型コロナウイルスの集団免疫を達成する道を探るには、まず複数の要素を確定させなければならない。だが、どうにも分かっていない部分がある。

新型コロナウイルスの感染力は、本当のところどの程度なのか。最初に配布されるワクチンはウイルスの感染自体を止められるのか、あるいは発症や重症化を防ぐだけなのか。人口の何割にワクチンを接種するべきか。ワクチンは誰に対しても、同じ効果を発揮するのか。こうした問題は、まだ究明する必要がある。

欧州疾病予防管理センター(ECDC、ストックホルム)で公衆衛生上の緊急事態への準備・対応を専門とするヨセップ・ヤンサ氏は「集団免疫は個人を守るものだと誤解されるケースがある。集団免疫が存在するから自分は感染しない、と考えるのは適切ではない。集団免疫とはあくまで地域社会が守られる目安で、個々人をどう守るかということではない」とくぎを刺す。

ECDCが用いる集団免疫率(ある集団でどれぐらいの人が抗体を持てば、感染拡大が阻止できるかの指標)の推計モデルは最低67%だ。一方、ドイツのメルケル首相は今月、ワクチンないし感染を通じて国民の6割から7割が免疫を獲得すれば、行動制限を解除できるとの見解を示した。

世界保健機関(WHO)の専門家は、ワクチンによって集団免疫を達成する方法として、65─70%の接種率を挙げている。

英エジンバラ大学のエレノア・ライリー教授(免疫学・感染症)は「集団免疫の考え方は弱者を保護するためにある」と説明する。「ある地域や社会の人口の98%がワクチン接種を受ければ、そこではウイルスの数が非常に減少し、残りの2%も守られるという考え方だ。そこが重要な点だ」という。

<鍵を握る基本再生産数>

公衆衛生上の集団免疫率の計算で、根幹をなすのは「基本再生産数(R0=アールゼロ)」という概念だ。これは行動制限が特にない「平時」の環境で1人の感染者が、周囲の免疫を持たない何人に平均して感染させるかを表す。

ワクチンの有効性を100%と仮定すれば、集団免疫率の計算は1から1/R0を引き、これに100を掛ける。つまり非常に強力な感染症でR0が12かそれ以上なら、集団免疫率は最低でも92%必要になるが、R0が1.3の季節性インフルエンザであれば、わずか23%まで低下する。

ウィーン医科大学のビンフリート・ピクル教授(免疫学)は「問題なのは、たとえば予防措置が一切講じられずに、われわれが1年前には経験していたような普通の旅行や社会活動の状態に戻れば、新型コロナウイルスはどのぐらい急速に感染していくか、現時点で正確に分かっていないことだ」と述べた。

ピクル氏によると、現在も多くの国の社会活動などが平時とは程遠い状況にある。そのことを踏まえると、新型コロナウイルスのR0は「2ではなく4に近い」と想定する必要がある。ロックダウンを半分あるいは全面的に実施した状況でも、1.5前後はみておくべきだという。

新型コロナワクチンは米ファイザーと独ビオンテックの共同開発案件や米モデルナの案件では、いずれも有効性が90%強との治験結果が出てきている。つまり100%の有効性は期待できないということで、そうなれば集団免疫率に到達するハードルは一層高まる。

米ジョンズ・ホプキンス大学のセンター・フォー・ヘルス・セキュリティーのアメシュ・アダルジャ研究員は、米国での十分な免疫の目標は人口の70%超にワクチン接種を受けさせることになるが、ワクチンの有効性が低いということになれば、必要なワクチン接種率はさらに上がっておかしくないと付け加えた。

<感染を止められるか>

専門家がもう1つ重要とみなしているのは、ある政府が配布に選んだワクチンが、果たして感染を止められるかという問題だ。

今のところ、実用化される「第1世代」のワクチンは少なくとも症状の進行を防ごうというものであって、人々が新型コロナウイルスに感染して、知らないうちに他人にうつしてしまう可能性は排除できない。

英キングス・カレッジのペニー・ワード客員教授は「発症を予防することは、個々人にとっては価値があることだ。しかし、それはウイルスの拡散とワクチン未接種者の感染リスクを防ぐことにはならない」と懸念する。

ドイツのマインツ大学ウイルス学研究所のボド・プラクター教授は、特に呼吸器の感染症の場合はワクチン接種が多少、ウイルス拡散を減らす効果はあっても、ワクチンで完全に阻止するのは難しいかもしれないと語る。「ワクチンの接種を受けた人は、まき散らすウイルスの量が減るのは確かかもしれないが、ワクチン接種だけで(新型コロナの)パンデミックを封じ込められると想定するのは誤りだろう」という。

<弱者の直接保護を>

エジンバラ大学のライリー氏によると、こうしたことから、ワクチン接種を通じて新型コロナウイルスの集団免疫を獲得するという考え方を追求するのは、当面実を結ばないことが示唆される。

むしろ集団免疫の位置付けを完全に変えて、限られた数の第1陣のワクチン供給はそれを最も必要とする人々を守ることに使い、より身体が健康でウイルスに感染しても比較的大事にはならない可能性のある人々のことは心配しないといったアプローチが好ましいかもしれないという。

「弱者を守るために、その他大勢を守ることはいったん忘れよう、弱者を直接守ろうということだ」と訴えた。

(Ludwig Burger記者 Kate Kelland記者)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD

ビジネス

新藤経済財政相、あすの日銀決定会合に出席=内閣府

ビジネス

LSEG、第1四半期契約の伸び鈍化も安定予想 MS

ビジネス

独消費者信頼感指数、5月は3カ月連続改善 所得見通
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中