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焦点:戦略的重要性増すグリーンランド、監視体制は「節穴」

2020年10月27日(火)07時37分

2017年8月、風の強いある日の午後、アキツィングァック・イナ・オルセンさんは、グリーンランドの中心都市・ヌークの古びた港湾でのんびりと過ごしていた。写真はオルセンさんが撮影した中国の砕氷船。2017年8月撮影。オルセンさん提供(2020年 ロイター)

Jacob Gronholt-Pedersen

[コペンハーゲン 20日 ロイター] - 2017年8月、風の強いある日の午後、アキツィングァック・イナ・オルセンさんは、グリーンランドの中心都市・ヌークの古びた港湾でのんびりと過ごしていた。そのとき、中国の砕氷船が通告なしにグリーンランドの領海に進入してきた。

「私がその船を目にしたのは偶然だった」と50歳のオルセンさんはロイターに語った。「私はまず、『もうここまで来たか』と思った。ひどく厚かましい、例の中国人たちが、と」──。

彼女は携帯電話を取り出し、全長167メートルの中国砕氷船「雪龍」の写真を撮った。やがて船は進路を転じ、姿を消した。

この中国船に限らず、北極海に予想外の船舶が姿を見せる例は増えつつある。海氷の縮小に伴い、海底資源や航路の支配をめぐって大国間の競争が加速されているためだ。

この海域では中国とロシアがますます自己主張を強めており、昨年のマイク・ポンペオ国務長官による「米国は今こそ北極海沿岸国として、北極圏の未来のために立ち上がるべきだ」という発言を受けて、軍による活動も活発になりつつある。

グリーンランドはデンマーク王国の自治領であり、デンマーク政府が北極圏統合司令部を通じて同島の防衛に当たっている。グリーンランド住民やデンマーク、米国の軍関係者がロイターに語ったところでは、2006年以来、複数回にわたって外国船舶が予想外に、つまり必要な手続に従うことなく、北大西洋条約機構(NATO)加盟国であるデンマークが防衛対象とする海域に姿を現しているという。

デンマーク政府と北極海沿岸諸国はここ数十年、北極圏を「低緊張」地域にしておく努力を続けてきた。だが、上記のような出来事は、デンマークとその同盟国にとっての新たな課題を浮き彫りにしている。

主要な問題点は「そこで何が起きているのか分かりにくい」ということだ。

トランプ米大統領が昨年、デンマークからの購入を提案して却下されたグリーンランド島は、大半が氷床で覆われ、岩がちの海岸線は全長4万4000キロ、地球の赤道よりも長い距離だ。冬季の数カ月は、ほぼ闇に包まれる。

米空軍として最も北にあるチューレ空軍基地には、第21宇宙航空団のセンサー網が置かれ、対ミサイル早期警戒と宇宙空間の監視・制御といった機能を担っている。チューレは南北両極上空を軌道として周回する衛星にアクセスできる世界でも限られた場所の1つであり、天気予報や捜索救難活動、気候研究に欠かせない地球全体を網羅する観測網を完成させる存在だ。

バーバラ・バレット米空軍長官は7月、米シンクタンクのアトランティック・カウンシルが主催したウェビナー向けに、米国の北極圏戦略を紹介する中で「北極圏は歴史的に、宇宙空間と同様、もっぱら平和的な領域として位置付けられてきた」と述べた。

「だが、それも今や変わりつつある」と指摘する。

複数の国がこの海域での貨物輸送を強化するため、新たな砕氷船を建造している。中国は2018年に「北極圏近隣国」を宣言し、インフラの整備と「北極圏のガバナンスへの参加」を求めると述べた。

米国の空軍宇宙軍団のトップであるジョン・W・レイモンド大将は7月に行われたプレゼンテーションで「(中国は)宇宙空間で(運用する衛星を)あっというまにゼロから60基まで増やした」と述べた。彼は中国の能力について「(アラスカ、チューレ双方において)北極圏上空の宇宙空間への我が国のアクセスを脅かしている」と語った。

冒頭のオルセンさんが2017年に撮影した砕氷船は、中国の極地研究所が学術調査のために使用しており、グリーンランドのある研究者は、自分が来航を求めたものだと主張している。だが、統合北極圏司令部のキム・ヨルゲンセン司令官がロイターに語ったところでは、同船は通常期待される事前の許可申請を行っていなかったという。

また、北極圏の短い夏を生かして同海域で行われていた多国間による捜索救難訓練でも、「雪龍」が発見されていた。ヨルゲンセン司令官によれば、デンマーク軍は同船に対し海域進入の許可を得るよう促し、許可は与えられたという。

今年に入ると、西側の同盟諸国も北極圏でのプレゼンスを拡大した。米国のミサイル駆逐艦「トーマス・ハドナー」 は8月、デンマーク軍統合北極圏司令部とともにヌークに近い深いフィヨルド内に初めて進入した。8月と9月には米国沿岸警備隊の巡視船1隻がデンマーク及びフランスの海軍艦艇とグリーンランド西岸沖での共同演習を行った。また、デンマークは9月、ロシアに近いバレンツ海で、米国・英国・ノルウェーによる大規模な軍事演習に初めて参加した。

<レーダー監視の不備>

北極圏の一部は、人工衛星とレーダーによってかなり良く監視されている。だが、1990年代初め以降、グリーンランドはレーダー網から離脱している。

1959年から1991年まで、グリーンランドは北米航空宇宙防衛司令部の一翼を担い、アラスカ西部からカナダ領北極圏にかけて3000マイルにわたる63カ所のレーダー・通信センター網に組み込まれていた。同島の氷床上では4基のレーダーが稼働していた。そのうち2基は撤去され、残りの2基は放棄されたまま、ゆっくりと氷のなかに沈降しつつある。

現在、グリーンランドはその広大な領域を監視するために、航空機1機とヘリコプター4機、船舶4隻を用意している。主権の執行に加え、漁業の監視と捜索救難活動がその任務だ。最も人里離れた北東部のパトロールには、80頭の犬が引く6台の犬ぞりが使われている。

2006年8月、当時デンマーク軍の統合北極圏司令部を率いていたニールス・エリック・セレンセン氏によれば、グリーンランド南部の辺境にあるカシット・フィヨルドでトナカイ狩りをしていた地元の夫婦が、一隻の潜水艦を目撃したという。夫婦は警察に通報し、目撃した潜水艦の絵を描いてみせた。デンマーク軍では、ロシア所属とみられる潜水艦であることを確認した。

セレンセン氏は「冷戦終結以来、ロシアの潜水艦が目撃されたのはそれが初めてだった」と話す。

この潜水艦については、デンマークの北極圏防衛に関する2016年の報告書の中でも言及。北極圏司令部の責任の範囲では、この状況について「一貫性ある状況把握はできない」と率直に述べている。空域・海面下における活動については、監視が行われていないからだ。

この報告書は、監視活動が行われていないため「領空において主権の侵害が発生しているかどうか、評価することは不可能である。したがって、意図的な領空侵犯は(略)確認されていない」としている。

この年、北極圏の別の部分では、米沿岸警備隊の船舶が偶然、カムチャツカに近い北極海においてロシア・中国による海軍共同演習が行われていることを発見した。2018年に米国沿岸警備隊司令官を退任したポール・ズクンフト氏が語った。

「この海域を監視している我が国の人工衛星はなかった」とズクンフト元司令官は言う。「だが、沿岸警備隊の船舶がそこを航行していて、文字どおり偶然、見過ごされるはずだったロシアと中国の海軍共同演習に遭遇した」

ロシア大使は、北極海でロシア・中国の海軍共同演習は行われていないと述べている。中国外務省はコメントを控えている。

デンマーク政府は2019年、グリーンランドにおける国防支出を見直し、偵察任務に15億デンマーク・クローネ(2億3700万ドル)を投じると約束した。デンマークのトリン・ブラムセン国防相は「これは最初の一歩である」と述べるとともに、政府はまだ予算の使途を決めていないと述べた。

今のところ、デンマークはグリーンランド周辺の船舶の航行を監視する人工衛星を保有していない。2018年には欧州連合(EU)海上保安庁から衛星画像を1日数回受信するようになったが、軍事用として十分な解像度であるとは限らない。

国防省向けの研究を行っているデンマーク王立防衛大学・北極圏安全保障研究センターのスティーン・クジェルガード所長は「デンマークが自力で北極圏を防衛することはできないだろう」と語る。「政府としては、勢力均衡を維持する努力をしている」と述べた。

<「未知の目標」>

だが、その均衡は、ますます微妙なものになりつつある。研究者や軍関係者によれば、多年にわたり、グリーンランド周辺の海域やグリーンランド、アイスランド、英国の間の海域にアクセスすることは外国の研究者にとってもかなり容易であり、必要なのは許可を求める文書に記入するだけである。

ところが、デンマーク当局は昨年、スイスを中心とする国際的な研究者グループからの申請を承認しなかった。情報公開法に基づくロイターからの請求への回答として、デンマーク政府が明かした。研究者らは、ロシアの砕氷船「50レットポベディ(戦勝50周年)」に乗って、史上初のグリーンランドを1周する航行を計画していた。

当局は、回答しないまま、この申請を期限切れとした。

この件に詳しい2人の関係者によれば、当局はこの砕氷船に疑いの目を向けていたという。この船は過去に数回にわたりグリーンランドにおける調査に参加してきたが、海底光ファイバーケーブルからの情報窃取や、ロシア潜水艦によるアクセスを容易にするための海底マッピングなど、非学術的な目的に使われていた可能性がある、という疑惑だ。

2016年には、ヌーク沖合に投錨したロシア船「ヤンター」について、米海軍が、同船は海面数マイルの深さに敷設されたケーブルを切断・接続できる潜水艇を輸送していると主張したことがある。ヌークは、アイスランドと米国を接続する海底通信ケーブルの揚陸地点となっている。

ロシアのウラジミール・バービン駐デンマーク大使は、ロシアは砕氷船「50レットポベディ」をめぐる判断を「不運な誤解」であると考えていると述べ、デンマークが今年、別のロシア砕氷船によるグリーンランド及びフェロー諸島訪問に合意した点を指摘した。

この広大かつ未知の部分が多い海域には、NATO同盟国の船舶も未通告のまま来航している。

外国の船舶は通常、国際的な船舶追跡システムである自動船舶識別装置を通じて、他国領海への到着を報告する。統合北極圏司令部が衛星画像を分析すると、「未知の目標(ダーク・ターゲット)」、つまり船舶に見えるが同システムによって確認できない物体がしばしば確認できる。

デンマーク軍がこうした物体に向けて艦艇やヘリを派遣すると、氷山であることが多い。軍関係者によれば、船舶であることが判明する場合は、たいていは通告なしに進入した米国の船舶であるという。

米国大使館はコメントを控えている。デンマーク国防省は、同盟国間で情報共有の促進に取り組んでいると述べている。

(翻訳:エァクレーレン)

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