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アングル:イタリア医療崩壊、カウントされないコロナ「在宅死」

2020年04月09日(木)11時32分

イタリア北部のベルガモでは、新型コロナウイルスに感染して発症しても診療を受けられないまま自宅で亡くなる患者は多数に上り、電話相談は必ずしも十分に機能していない。写真は新型コロナによる死者が収められた棺。軍のトラックで運び出される前に、神父が祈りを捧げた。3月28日、ベルガモ県セリアテで撮影(2020年 ロイター/Flavio Lo Scalzo)

Emilio Parodi Silvia Aloisi

[ミラノ 5日 ロイター] - イタリア北部のベルガモ近くに住むシルビア・ベルトゥレッティさん(48)は3月、11日間も必死に電話をかけ続けた。78歳の父親アレッサンドロさんに医者を呼ぶためだった。父親は熱が下がらず、苦しそうに呼吸をしていた。

3月18日夕方、その日の当直医がやってきた。だが、すでに手遅れだった。19日午前1時10分、父親の死亡が確認された。1時間前に呼んでいた救急車が到着する10分前だった。アレッサンドロさんは、電話相談で指示されていた軽い鎮痛剤と一般的な抗生物質を飲んでいただけだった。

「父は助けもなく亡くなった」と、シルビアさんは訴える。「見捨てられたようなものだ。誰であろうとこんな最期であっていいはずはない」

ベルガモが位置するロンバルディア州の住人や医療関係者に話を聞くと、ベルトゥレッティさんのようなケースは珍しいことではないことが分かる。発症しても診療を受けられないまま自宅で亡くなる患者は多数に上り、電話相談は必ずしも十分に機能していない。

死亡記録を調べた最新の研究によると、ベルガモ県の公式死者数は2060人だが、これは病院内だけを集計したもので、実際には倍以上の可能性があるとみられている。

新型コロナとの闘いは、世界的には病院への人工呼吸器の供給をいかに増やすかが問題になっている。だが、医師の間からは、最初の防御線とも言うべき、かかりつけ医によるプライマリーケア(総合診療)が十分になされないことが同じぐらい問題だとの指摘が出ている。「遠隔診療」への切り替えは世界的な流れでもあるが、そのために医師が往診できない、あるいはしようとしないことが、コロナ問題を深刻にしているという。

同僚の医師が感染したため、今はベルガモに近い2つの町で働くリカルド・ムンダさんは「今回の状況をもたらしたのは、多くの家庭医が何週間も患者を往診しなかったためだ」と話す。「でも、彼らを責めることはできない。彼らがいかにして自分たちの身を守っているかということでもあるのだから」と話す。

ムンダさんによると、在宅の患者がすぐに必要な治療を受ければ、多くの死は避けられるかもしれない。しかし、医師は既に手いっぱいの状態。マスクも防護服も足りないことで、絶対に必要と判断されなければ往診には消極的になるという。「往診がなければ薬を変えたり治療を調整したりする医師もいないわけで、そうなれば患者は亡くなる」という現実がある。

一部の家庭医からは、自分たちはマスクなしに往診せざるを得ず、自分たちの安全が確保されないと感じるとの声が上がっている。

州医療当局の広報担当者によると、ロンバルディア地域の当局は、家庭医に対し「感染や防護品の消耗を抑制するため」、できるだけ電話で対応し往診は控えるよう伝えている。ロンバルディアは、医療サービスが世界でも最も効率化している評価されてきた。

同担当者によると、体調が悪化するか、隔離措置の対象になった医師はベルガモで142人に上る。

イタリア国内で感染した医療従事者は1万1000人以上。亡くなったのは80人で、その多くは家庭医だ。

当局は今ようやく、プライマリーケアでの医師の安全確保に動きつつある。世界保健機関(WHO)が各国政府に対し、集中治療室(ICU)の能力拡大に次ぐ優先課題として取り組むよう勧告したこともあり、態勢を強化しようとしている。

ベルガモ県では3月19日、往診に向けて装備を調えた6つの医師チームが立ち上げられた。

<隠れた死者数>

イタリアの新型コロナ死者数は4日時点で1万5362人で、世界全体のほぼ3分1を占める。しかし、あまりに多くの患者が家で亡くなっており、実数はこれをはるかに上回る可能性がある。

ベルガモの地元紙や調査会社が自治体のデータから試算したところ、同県で3月に亡くなったのは5400人で、1年前の6倍だった。最大4500人は新型コロナによるものだったとみられる。コロナの死者は公式統計の倍以上になる計算だ。この試算には、高齢者支援施設で亡くなったと医師から報告された600人も含まれている。

葬儀場を経営し、ベルガモ周辺の村々で仕事をするピエトロ・ズッケーリさんは、この2週間、業務の半数以上は家から遺体を預かることだったと話す。これまでは大半が病院か高齢者支援施設からだった。

<むごい選択>

ベルトゥレッティさんの家族のつらい体験は、プライマリーケアの制度が新型コロナ流行に直面し、いかにほころびを見せることがあるかの好例だ。

欧州の一部や米国で、医師は対面ではなく、できるだけ電話で医療相談に乗ることが奨励されている。

シルビアさんはいつもの家庭医が入院してしまったため、代わりの医師に何度も電話し、父親が悪化した際にもかけ直したが、言われた言葉は「往診するわけにいかないので、辛抱してください」だったという。

この医師はロイターの取材に応じ、自分たちはむごい選択を迫られていると涙声で語った。1日当たり300─500件の電話を受けている上、感染した同僚医師の分も穴埋めをしているという。「選別をしなければならなかった。咳が出て熱があるだけでは往診できない。最も深刻な患者を診るので精いっぱいだ」と話した。

ベルガモ県の家庭医協会によると、同地域では7万人が新型コロナに感染している可能性がある。

ベルガモ市の市長は「我々は最善を尽くしているにもかかわらず、皆を病院に連れて行くことができず、家族はときに、このまま死を看取ることになるのでは、との不安の中で患者の世話をすることを迫られている」と訴えた。

ロイター
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