ニュース速報

ワールド

焦点:終わらぬロヒンギャ難民危機、積極支援する中国の野心

2020年01月27日(月)15時40分

 中国の習近平国家主席がミャンマーを訪問。アウンサンスーチー国家顧問と会談した。1月17日、ネピドーで撮影(2020年 ロイター/Ann Wang)

Poppy McPherson Ruma Paul Shoon Naing

[ヤンゴン 20日 ロイター] - ミャンマー西部のぬかるんだ平原に、中国製のコンテナが整然と並ぶ。それぞれのコンテナには小さな窓が1つ。そこに入居する予定の難民たちの姿はまだない。

灰色のコンテナ群が中国から送られてきたのは2年前。ミャンマーからバングラデシュへ逃れた数十万人のイスラム系少数民族ロヒンギャを収容する低コストの仮設住宅としてだった。

国連は、2017年にミャンマー軍が主導したロヒンギャの弾圧をジェノサイド(虐殺)と認定している。

<ミャンマー西部の戦略的重要性>

ラカイン州マウンドーの近郊に設置されたコンテナが無人のままなのは、ミャンマーと関係が深い中国が仲介役を買って出る中でも、ロヒンギャ帰還を促す数カ月にわたる試みが成功していないことを反映している。

これまでも仲介を試みたインドネシアや国連の特使の場合と同様、近いうちに帰還が実現しそうな気配はない。中国は外交という「ビジネス」の難しさを味わっている。

主に障害となっているのは、難民がミャンマー国内で安全を確保できるのかという点で意見が割れていることだ。

ミャンマーはロヒンギャ帰還に向けて安全な条件を整えたと主張しているが、バングラデシュと国連は、ラカイン州は紛争が絶えず、人権が保障されないため、難民を帰還させるのは危険だとしている。当のロヒンギャは、現在は否定されている市民権と移動の自由が保障されない限り戻らないとしている。

中国は過去2年間、ミャンマーとバングラデシュの首脳会談を3回仲介した。当局者がバングラデシュ領内のロヒンギャ難民キャンプを何度も訪問し、難民を輸送する家畜運搬用トラックを調達し、現金を使って帰還を促したが、どれも功を奏さなかった。

これまでに帰還したロヒンギャは200─300人規模。それでも中国は、「進捗はあった」と主張している。

さきごろミャンマーを訪問した習近平国家主席は、共同声明の中で、中国が今後も仲介を続ける意欲を再確認した。ミャンマー側は「ラカイン州の問題、その困難さ、複雑さに対する中国側の理解」に感謝を示した。

習主席によるミャンマー訪問の焦点は、賛否の分かれる水力発電ダムやラカイン州の深水港など、中国支援による大規模なインフラ整備プロジェクトだ。これによってミャンマーは、世界中に交易ルートを広げることを狙った習氏の看板政策「一帯一路」構想に不可欠の一片となる。

ラカイン州があるミャンマー西部は、発展が著しいインドと東南アジアの中間に位置する。中国西部の内陸各省からインド洋、ベンガル湾へアクセスする玄関口になりうるという点で、中国にとって戦略的な重要性が高い。

中国の羅照輝・外交副部長は1月上旬、習主席のミャンマー訪問を控えた記者会見のなかで、「我々は(ロヒンギャの)早期帰還に取り組むため、中国、ミャンマー、バングラデシュ3カ国間の外相会合を3回開いた」と語った。

バングラデシュ当局者やヤンゴンに駐在する西側の外交関係者、安全保障問題の専門家によると、中国がもっぱら気にしているのはラカイン州における重要な自国権益を強化することだという。

中国との政府間協議をよく知るバングラデシュ当局者によれば、協議の場で中国側が強調したのは、人権問題の解決よりも、ラカイン州開発の意義だったという。

「中国は(ロヒンギャ)危機の解決を望んでいる」と、別のバングラデシュ当局者は言う。「少なくとも、可能な限り早く帰還を開始したいと考えている。だが、帰還につながる環境作りをミャンマー側に迫るほどの動きはみせていない」

ヤンゴンに駐在する国連職員や外交関係者も、迅速な解決を仲介しようという中国の取組みには、人権への配慮がみられないと指摘する。

「彼らのアプローチはひどく単純だ」と、ヤンゴン駐在の外交官は言う。「我々が耳にするのは、中国がミャンマーとバングラデシュに対し、とにかく帰還を急げとせっついているということ。条件が整っていない段階で、それが何を意味するのか」

ロイターは中国外交部にコメントを求めたが、回答を得られなかった。

ミャンマー社会福祉省のコ・コ・ナイン氏は、ラカイン州の開発について、中国は「継続的に支援してくれる」と語った。「社会の統合よりも開発が遅れていることの方が問題だ」、「ラカイン州では多くの投資が進行しており、道路の状態も良くなっている」。

<見通せないミャンマーへの帰還>

2017年に73万人以上がバングラデシュへ逃れたロヒンギャだが、ミャンマーには今も数十万人が残る。彼らはキャンプや村落から出られず、医療や教育サービスを受けられずにいる。

さらに、政府部隊とラカイン族の武装集団との戦闘で数万人の人々が生活の場を失っている。

こうした状況にもかかわらず、ミャンマーによる難民の帰還受け入れ準備は整っているというのが中国の立場だ。

ミャンマーとバングラデシュ両政府の当局者によると、中国は国連の役割を最小限に抑え、二国間協議による問題解決を提唱しているという。

中国は、ミャンマー、バングラデシュにおける外交努力を人道的なものと称しているが、ヤンゴンのアナリストや外交関係者は、こうした取組みはもっと大きな地政学的な狙いによるものだという。

「中国はこの地域における新たな調停役になりたいのだろう」と、米ワシントンのスティムソン・センターのユン・サン氏は言う。「主導権争いだ」

バングラデシュ領内のキャンプ地の1つ、クタパロンで難民のリーダー役を務めるノウキムさんによると、中国は単にミャンマーの公式の立場を後押ししているだけだという。ロヒンギャの要求を受け入れるようミャンマーに圧力をかけるつもりはない、というのが難民の中での一般的な受け止めだという。

難民のリーダーと中国当局者による会合を記録した動画からは、中国側がロヒンギャに対し、ミャンマーに暮らす民族として認められるなどの権利の要求を取り下げるよう求めている様子が分かる。

ミャンマー政府の主張では、ロヒンギャはインド亜大陸からのイスラム系移民であり、自国の民族集団の1つではない(国内の民族集団であれば制度上は市民権が付与される)。

ノウキムさんは、「中国側には我々の問題を簡単に解決しようという気がない」と語る。「単に世界に『我々はロヒンギャと面会した』という絵を見せたいだけだ」

<空振りに終わった計画>

昨年8月、中国政府はロヒンギャの帰還を本格的に推し進めようとした。ミャンマー側は帰還を認めた3000人のリストを作成したが、このうち数百人が身を隠し、試みは空振りに終わった。

バングラデシュ領内の難民キャンプの1つにいた中国の外交官は当時、誰かがロヒンギャを送り返す最初の動きを起こす必要があると語った。

ミャンマー側では当局者が待っていたが、自発的に帰還しようとする難民は1人もいなかった。ミャンマー政府によれば、その後に約400人の難民が個別に帰還しただけだという。

ロヒンギャ側によると、帰還した難民の大半はミャンマー政府に強い人脈があるという。

中国の取り組みに対しては、ミャンマー政府も一部拒否している。中国は昨年、難民にラカイン州訪問を認め、現地の状況を確認させようと提案したが、ミャンマー側は拒否した。

中国から贈られたコンテナの据え付けを請け負った地元の業者は、この仕事を続けることにほとんど意味を感じないと話す。

「2年間も誰も住んでいない。状況は変わっていない、そういうことだろう」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

バイデン氏、半導体大手マイクロンへの補助金発表 最

ビジネス

米国株式市場=下落、予想下回るGDPが圧迫

ワールド

中国の対ロ支援、西側諸国との関係閉ざす=NATO事
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 3

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 4

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 7

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中