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焦点:貿易戦争が招いたブラジル農業ブーム、米アイオワと明暗

2018年10月20日(土)09時57分

2018年8月、米アイオワ州ブーンで開かれた農業フェアで、展示された農業機械を見学する親子(2018年 ロイター/Jordan Gale)

Jake Spring and Tom Polansek

[ルイスエドワルド(ブラジル)、ブーン(米アイオワ州) 11日 ロイター] - ブラジル北東部の新興都市にある20階建ての高級コンドミニアム「ベラ・ビスタ」は、住民用の映画館やヘリポートまで備えており、18年前に形成されたかつての埃っぽい農業コミュニティが、いかに急発展を遂げたかを象徴している。

ルイスエドワルド・マガリャエンイスに建てられた同コンドミニアムには、地元の大豆生産者らが最大50万米ドル(約5600万円)を出して入居している。ここでは農機具の販売業者や、自動車ディーラー、建設資材店なども大いに繁盛している。

一方、そこから約8000キロ北にある米アイオワ州ブーンの農家は節約ムード一色だ。同州でトウモロコシと大豆を手掛けるスティーブ・シェパードさんも慎重だ。

「機械は何も買わない。カネは一切使わないようにしている」と最近同州で開かれた農業フェアに参加していたシェパードさんは語った。

同じ農業ビジネスでありながら、これほどブラジルと米国で明暗が分かれてしまった理由は、中国にある。

米中貿易戦争の拡大によって、世界の穀物生産業界に地殻変動が起きている。

トランプ米政権による中国製品向けの課税措置に対抗して、中国政府は米国産の農作物に関税を課した。その中には、金額ベースで米国最大の輸出農産物となる大豆に対する25%の関税も含まれる。米国農家は、昨年だけで120億ドル相当の大豆を中国に輸出していた。

この影響は即座に表れた。

世界最大の大豆輸入国である中国が、米国からの買い付けを縮小し、その代わり、ブラジルに目を転じたのだ。中国は、巨大な養豚産業を支えるために輸入大豆を必要としている。

中国需要の波に乗ってこの20年で世界有数の農業輸出国に成長したブラジルから、中国向けに輸出した大豆は金額ベースで、今年1月─9月に前年同期比22%増へ急増した。

ブラジル産大豆は、単に輸出量が増加しているだけではない。 1ブッシェル当たりの価格は、米国産より2.83ドル高くなっている。1年前の価格差は同0・60ドルだったが、中国需要のおかげで大きく差を広げた。

一方、米国産の大豆価格は最近、この10年で最低水準まで下がっており、生産コストを割り込んだと農家は訴えている。農業部門の不況は、他業種では好調な米国経済の足を引っ張っている。

トランプ政権は7月、貿易摩擦関連の悪影響を軽減するため、国内

農家に対する最大120億ドルの救済措置を発表。ただ、この措置は縮小する可能性がある。

米国農家は、トランプ大統領の誕生を後押しした保守的な有権者が大半で、多くが今もトランプ支持を変えていない。彼らは、大統領がいずれ、中国との交渉でより良い貿易合意をまとめると期待している。中国の大豆需要は旺盛で、完全に米国産を切り離すことはできない。

だが現段階でトランプ貿易政策は、貴重な市場シェアや資金、そして勢いを、農業部門で最大のライバル国ブラジルに譲り渡す結果となっている。失地挽回は困難だと懸念する声も上がっている。

「関税関係で、米国にとって悪いニュースは、彼ら(ブラジル)には良いニュースだ」。農業機械メーカーAGCOで米州担当マネジャーを務めるロバート・クレイン氏は、アイオワ州の農業フェアでロイターに語った。

<ブーンからブラジルへ>

米国農家と同じく、ブラジル農家は、自国が必要とするよりはるかに大量の穀物を生産している。ブラジル農業を活況に導いたのは、外国顧客だ。同国大豆輸出の8割近くが、今や中国向けとなっている。

ルイスエドワルド・マガリャエンイスの町は、国際貿易の重要性を証明している。バイア州にある農業地帯の真ん中に位置し、かつてはどの自治体にも所属していなかったこの僻地は、わずか20年で人口8万5000人の町へと成長を遂げた。アイオワ州第4の都市スー・シティよりも規模が大きい。

住民がルイスエドワルドと呼ぶこの町で、主要雇用主となっているのは、肥料工場や種子生産業者、そして、大豆と綿花の処理業者だ。この地域は「100%農業に依存している」と、地元農家団体の代表を務めるカルミナマリア・ミッシオさんは言う。

ブラジル経済は全体では低迷しているが、農業部門は昨年13%成長を記録した。ルイスエドワルドにある米農業機械ジョン・ディアのディーラーでは、2017年の売上高が15%増加しており、今年も2ケタ成長を見込んでいるという。

地元不動産市場も上昇している。新たなタワー型の高級コンドミニアムが今年竣工予定であるほか、一戸建て住宅の建設も進んでいる。コンサルティング会社インフォーマ・エコノミックスによると、優良農地価格は2012年以来37%上昇している。

ロイターのアナリスト調査によれば、ブラジルの大豆作付面積は、力強い中国需要に支えられ、今期は過去最大の3628万ヘクタールに達すると予想されている。

この地方の農業者は、今月行われた大統領選第1回投票の結果にも意気揚々としている。首位に立つ極右候補のジャイル・ボルソナロ下院議員は、森林の違法伐採を行ったり、環境保護関連法に違反した農家に対する罰金を撤回する意向だ。

トランプ大統領のように、同候補は中国に不信感を抱いているが、現地農家は、同候補が通商関係にそれを持ち込まないと信じている。

「地方生産者は、ボルソナロ候補を熱心に支持している。われわれは彼にアクセスできる。彼が賢明で思慮深いと信じている」。ブラジル議会でも有力な農業議員団のリーダーを務めるテレザ・クリスチナ氏はそう語った。

<米国農業地帯の痛み>

長年、米国農業の中心地であるアイオワ州の見通しは暗い。

同州のトウモロコシ生産量は全米1位で、大豆は2位だ。しかし、トランプ政権下で、世界市場に向けた一部のアクセスが痛手を受けた。

トランプ大統領は、日本など重要市場に対する米国産農産物のアクセスを拡大するはずだった環太平洋連携協定(TPP)から離脱。また、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉では、米国産トウモロコシの最大の輸入国であるメキシコを、ブラジルなど他の供給国を探すよう追い込んだ。そしていま、中国が米国産の輸入を減らしている。

ブーンは、アイオワ州のど真ん中に位置し、広大な農地や養豚場、養鶏場などに囲まれている。アイオワ州立大学によると、2012年から17年にかけ、この地の農地価格は12%下落した。

米中貿易戦争に対する懸念は、最近ここで行われた農業フェアでも見て取れた。

中古トラクターや農機具のオークション会場で価格をメモしていた農機具ディーラー、リー・ランドール氏は、貿易摩擦や穀物価格の低下で、オークション価格も低下していると語る。

鮮やかな緑と黄色の農業機械大手ディア製中古コンバイン2台が、それぞれ11万8000ドルと8万2000ドルで落札されたのを見てランドール氏は首を振った。「5年前なら、これより3割増しの値が付いたはずだ」

ドイツ製薬・化学大手バイエルの農業部門クロップ・サイエンスのブレット・ベーグマン最高執行責任者(COO)も、種子や農薬の買い入れに対して農家が慎重になっていると話す。貿易摩擦によって、バイエルは同部門の2019年業績予測が難しくなっている。

ブーンから車で2時間の位置に、約5500人が住むアルゴナの町がある。農家の苦境によって、地元のディアやオートバイ製造大手ハーレー・ダビッドソンのディーラーの業績が悪化している。

「最終的には、この地域は農業で生かされ、農業で死ぬ」と、ハーレーのディーラーを経営するジム・ウィルコックス氏は言う。

農家の苦しみは、銀行のバランスシートにも現れている。シカゴ地区連銀によると、この地域で「返済に問題あり」と報告された農業融資の割合は第2四半期に増加し、2002年半期以来の高水準に達した。

アルゴナ近郊で農場を営むロドニー・ジェンセン氏は、まだ価格が高かった時期に秋に収穫した大豆の売却契約を結ばなかったことを悔やんでいると言う。多くの農家と同様、ジェンセン氏も価格上昇を待って収穫した大豆を貯蔵する考えだ。

だが、米中関係が修復されたとしても、中国がかつてほどは米国産の大豆を買い入れなくなる懸念もあるという。

「この辺で聞こえてくるのは、悲観論ばかりだ」と、ジェンセン氏は言った。

(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

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