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アングル:新たな皇室の時代築いた天皇陛下、戦争と向き合った在位

2018年08月13日(月)11時29分

 8月13日、第2次世界大戦の終結から60年後、サイパン島の断崖の上で天皇皇后両陛下が静かに頭を下げた時、両陛下の祈りは、言葉よりも雄弁な、共感を呼ぶメッセージを人々に伝えた。写真は都内で昨年12月撮影(2018年 ロイター/Issei Kato)

[東京 13日 ロイター] - 第2次世界大戦の終結から60年後、サイパン島の断崖の上で天皇皇后両陛下が静かに頭を下げた時、両陛下の祈りは、言葉よりも雄弁な、共感を呼ぶメッセージを人々に伝えた。

天皇陛下(今上天皇)は、30年にわたる在位中に、過去の戦争にゆかりのある多くの地を訪問した。2005年6月の訪問もその中の1つだった。他の訪問と同様に、両陛下は日本人だけでなく、米国人や韓国人の戦没者も慰霊した。

元宮内庁長官の羽毛田信吾氏はロイターのインタビューで、天皇陛下のこうした訪問について「私なりに解釈すれば、2つの意味合いがあると思う」と語る。「1つは犠牲になった人たちを心から悼む追悼の気持ち。もう1つは、先の戦争の悲惨な歴史を忘れてはいけないこと。後の世代、とくに戦争を知らない世代に伝えること。両陛下の後ろ姿は、悲惨な戦争の歴史を忘れてはいけないことを訴えている」。

羽毛田氏を含む、ロイターが取材した天皇陛下を直接知る6人は、昭和天皇が1989年1月7日に崩御されてから、天皇陛下がいかに平和・民主主義、和解のシンボルとして積極的な役割を果たされてきたかを語った。

政治には関与できないが、天皇陛下は、日本の戦争について理解の幅を広げた、と専門家は評価する。これは、日本人がその名の下に戦い「現人神」(あらひとがみ)とされた昭和天皇のレガシーからの決別でもあった。

現在84歳の天皇陛下は、来年、生前退位する。

退位は、中国、韓国との関係が緊張化している中で行われる。また、安倍晋三首相の保守的な政策スタンスから日本が右傾化していると見られることで、天皇陛下のレガシーも危機にさらされる可能性がある。

日本の政府首脳は、戦時中の日本の行動について反省と謝罪を繰り返してきたが、天皇陛下のお言葉は重みが違う、と専門家は指摘する。

城西国際大学のアンドリュー・ホバット客員教授は「天皇はローマ教皇のようなもの。天皇の言動は、象徴的なメッセージとなる」との見方を示す。

日本政府の謝罪は、これまで立場の異なる政治家によって否定されたり後退させられたりしてきたが、天皇陛下の言葉は一貫している、という。

<既成の枠にとらわれない>

政府の謝罪についての著書があるダートマス大学のジェニファー・リンド教授は「人々は、両陛下が、戦争被害者に対し、真心をこめ、敬意を持って、象徴的、調和的なやり方で手を差し伸べようとしている、とみている」と述べた。

天皇陛下の友人や学識者によると、天皇陛下に戦後教育の基礎を授けるうえで影響があったのは、クエーカー教徒の家庭教師、エリザベス・ヴィニング氏と元慶應義塾大学塾長の小泉信三氏。小泉氏は多くの教え子を戦争でなくした。

天皇陛下の級友だった明石元紹(もとつぐ)氏は「今、日本の国民のほとんどが、陛下は優しく人に対して親切で、人のことを大変に想う天皇だと思っている。それは戦後のこと。戦争をやっている間は、象徴天皇ではなく日本全体を引っ張り戦争する、というのに近い立場だった」と話す。

理論的には、天皇陛下は憲法に違反しない限り、自分が言いたいことを言える立場にある。憲法は天皇を「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」とし、国政に関する権能を有しない、と規定している。

実際に、外交に影響を与えるような発言は、慎重に吟味される。

1990年代に、ブリティッシュ・カウンシルの代表を務めていた際に天皇陛下と交流のあったマイケル・バレット氏は「天皇陛下と皇后陛下は、籠に閉じ込められた鳥だと言われていたが、天皇陛下は、鳥籠の扉を開けた」と話す。

<保守派の反撃>

1990年5月、韓国政府は1910─1945年の日韓併合について、新天皇による謝罪を求めた。

与党は皇室が謝罪をすることに反対し、当時の海部俊樹首相が代わりに韓国の盧泰愚大統領に謝罪することを申し出た。

しかし、天皇陛下は、こうした際に沈黙を守った昭和天皇とは違う道を選んだ。渡辺允元侍従長は、ロイターに対し「天皇陛下は、日本が韓国の人々に苦しみを与えたということをはっきりさせたかった」と話す。

盧大統領を迎えた晩餐会で、天皇陛下はこう言った。「我が国によってもたらされたこの不幸な時期に、貴国の人々が味わわれた苦しみを思い、私は痛惜の念を禁じえません」。

天皇陛下の即位から、しばらくの間は、日本の戦争責任をめぐる議論が盛んで、1995年の村山富市首相(当時)による謝罪(村山談話)を含め、日本政府の謝罪がたびたび行われた。

こうした謝罪や、学校で子どもたちに日本が戦時中に行ったことについて教えようとする試みは、「自虐的」な歴史を教えることで日本人のプライドやアイデンティティーを損なわせるとして、保守派からの大々的な反撃を引き起こした。

1992年、天皇陛下は近代の皇室として初めて中国を訪問した。国内の右派勢力は訪中に反発、中国の活動家は天皇陛下に謝罪を要求した。

天皇陛下は、中国で「両国の関係の永きにわたる歴史において、我が国が中国国民に対し、多大の苦難を与えた不幸な一時期がありました。これは私の深く悲しみとするところであります」と述べた。

その翌年から、天皇陛下は戦争の舞台となった地への訪問を始める。最初の訪問地は戦争で多大な犠牲を払った沖縄だった。1995年からは長崎、広島などへの「慰霊の旅」を続けた。

<海外の戦地>

戦後60年、天皇陛下は海外の戦地として、最初にサイパン島を訪問した。羽毛田元宮内庁長官は「(天皇陛下は)国内だけでなく、国外でも先の大戦で犠牲になった、日本人だけでなく、世界の人に対して慰霊したいということを、前から強くご希望だった」と振り返る。

同氏は「外国訪問は基本的に受身のことが多いが、この件に関しては、陛下の非常に強いご希望があり、その意味で異例な外国訪問だったと思う」と述べた。

天皇陛下は、高齢に加え、心臓手術や前立腺がんを患ったにもかかわらず、その後もこの戦地訪問を続けてきた。

1944年に激しい戦闘があったパラオのペリリュー島へは2015年に訪問、2016年にはフィリピン、今年は沖縄を再訪問した。

2015年8月15日の終戦70周年の戦没者追悼式では、戦争について「深い反省」との言葉を使い、これまでの「深い悲しみ」という表現から一歩踏み込んだ。

安倍晋三首相はこの前日に、「痛惜の念」を表すと述べつつも「私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」と述べており、天皇陛下の言葉は、安倍首相に対し婉曲に異を唱えたものだと受け止める向きが多かった。

82歳の誕生日に行った2015年の記者会見で、天皇陛下は「この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います」と述べた。

天皇陛下の後を継ぐ徳仁(なるひと)皇太子(58)は、天皇陛下と考えをともにする。しかし、皇太子が天皇に即位したあと、日本人の若い世代がどれほど天皇陛下の発言に影響を受けるかは不明だ。

終戦時に11歳だった父親とは異なり、皇太子は戦争を知らない。慶應義塾大の笠原英彦教授は言う。皇太子が天皇になった時に「『反省』と言われたら、多くの人は『何の反省?』と聞くだろう」。

(リンダ・シーグ、翻訳:宮崎亜巳)

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