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焦点:まひ状態のWTO裁定機能、トランプ氏が「首固め」

2018年05月26日(土)08時47分

 5月18日、トランプ米大統領が、世界貿易機関(WTO)の首元を締め上げている。写真はホワイトハウスで撮影(2018年 ロイター/Kevin Lamarque)

Tom Miles

[ジュネーブ 18日 ロイター] - トランプ米大統領が、世界貿易機関(WTO)の首元を締め上げている。その要求は明白だ──。自国政府の不利益になるようなWTOルールの解釈を導く紛争処理裁定は今後必要ない、というものだ。

トランプ大統領は、WTO裁定手続きの控訴審にあたる上級委員会で、すべての新たな裁判官の指名に対して拒否権を発動し、事実上、WTOの機能を危機的な状況に陥れている。

トランプスタイルに忠実な米国のデニス・シアWTO大使は、WTOの最高裁とも言える上級委員会を、機能不全な状態にまで縮小させていることに対して、後ろめたさを感じてる様子をみせていない。

「米国は、この機関の現状に満足することを良しとしない」と、シア大使は今月、他国のWTO大使らに述べた。

「米国が今後WTOにもたらすリーダーシップは、より強力で実効性があり、政治的に持続可能な組織の実現に向けて、結果として率直な物言いや、必要な場合には破壊的な行動を伴うことになるだろう」と、同大使は宣言した。

トランプ大統領は、米国企業や労働者に不公平な形で不利益をもたらすとみなした条約や通商慣行と戦うために、世界貿易戦争も辞さない構えだ。中国での過剰生産を理由に、世界中からの鉄鋼やアルミニウム輸入製品に対して関税を課している。

1995年の設立以降、WTOは500件以上の国際的な通商紛争を取り扱い、加盟国は世界貿易の95%に携わっている。世界貿易規模は物品に限っても、年間18兆ドル(約2000兆円)と、WTO設立当初の3倍に膨らんでいる。

<過去への「ワープ」否定>

トランプ政権は、自らの権限を越えた判断を下そうとする無責任な裁判官を抑えこむ必要を感じている。

だが米国の振る舞いについて、他の国は、貿易紛争を交渉によって解決するよりも、事案の中身に関係なく、より強い国が勝つのが通例だったWTO以前の世界に戻ろうとする意思を感じ、組織的な脅威を見て取っている。

トランプ大統領は今年、鉄鋼・アルミニウムの輸入関税に加え、中国による米国の知的財産侵害に対する報復として1500億ドル規模の関税を課すと表明して、国際的な反発を呼んでいる。

どちらも、WTOの紛争解決手続きに持ち込まれる可能性がある。

だが、上級委員会の無力化は、紛争解決手続きの導入以前の時代に単純に「ワープ」することを意味しない、とWTO上級委員会のウジャル・シン・バティア委員長は指摘する。

その代り、敗訴した側が上訴すれば、紛争は宙に浮いた状態になる。また、ルールが守られる見通しが立たなければ、新たなルールを交渉する意義もなくなる。

「上級委員会の麻痺(まひ)は、多国間の貿易システム全体の継続的な運営に、長く深刻な影を落とすだろう」と、同委員長は警鐘を鳴らす。

2017年初め以降、8件の通商紛争が上級委員会に上訴されており、今後もその件数は増える見通しだと、同委員長は言う。オーストラリアのタバコ規制を巡る紛争など、世界の健康関連政策におけるテストケースになると見込まれている案件も含まれる。

米国のシア大使は、WTO規制には「重要な価値」があり、一般的に世界経済の安定に貢献してきたと認めている。「しかし、何かが大きく間違ってしまった」と同大使は主張。

「上級委員会は、われわれの合意を書き換えて加盟国が交渉していない重要なルールを新たに導入しただけでなく、紛争解決の仕組みに関するルールを無視したり書き換えたりすることで、新たな規則を課す自らの力を拡大している」と、同大使は述べた。

WTOが、ダンピング(不当廉売)を調査する米国の手法を否定したことから、両者の関係に亀裂が生じた。これにより、トランプ大統領が「騙し取られている」と主張する中国に対抗する米国の力が、大きく削がれることになった。

<パワー・クラブ>

米国が中国を「市場経済」として扱っていないと中国政府が訴えた案件では、米国自体も勝手にルールを書き換えたと批判されている。

「WTOは本当に、ルールに基づく組織なのか。それとも、古参の大国がルールを曲げることができるクラブなのか」。最近行われた紛争のヒヤリングで中国側はそう詰め寄った。

トランプ大統領は、地球温暖化防止の国際的な枠組み「パリ協定」やイラン核合意など、自分が嫌いな合意から撤退する傾向があるが、WTO外交官の多くは、シア大使が今後、紛争解決手続きを順守する提案を行うとの楽観的な見通しを示した。

これまでのところ、上級委員会の裁判官任命に対して米国が発動した拒否権を撤回するよう求める署名には、WTO加盟国の62カ国が賛同している。だが紛争処理の崩壊をどう回避するかについては、何の合意もできていない。

一部の加盟国は、他の調停手段の利用や、米国を除外した紛争解決手続きの導入を議論していると、法律関係者や外交官は話す。

だが、米国の同盟国である日本は、署名には参加しない意向だ。

伊原純一大使は、WTO加盟国は「本来政治的な」紛争からは距離を置くべきだと話す。日本は米国抜きの紛争解決手続きを拒否している。

「私見では、『プランB(代替策)』は存在しない。われわれはプランAしか持たない。解決策を見出すためには、もっと集団的な努力が必要だ」と、伊原大使は話した。

(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

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