ニュース速報

ワールド

焦点:中南米で「女性大統領の時代」終焉の意味

2018年01月04日(木)08時26分

チリのバチェレ大統領(左上)、ブラジルのルセフ前大統領(右上)、アルゼンチンのフェルナンデス前大統領(左下)、コスタリカのチンチージャ前大統領。それぞれ2017年1月、2016年8月、2015年4月、2014年5月撮影 (2018年 ロイター/Rodrigo Garrido/Adriano Machado/Sergei Karpukhin/Juan Carlos Ulate)

Caroline Stauffer Mitra Taj

[サンチアゴ 19日 ロイター] - チリのバチェレ大統領が3月に任期を満了するのに伴い、中南米における「女性指導者の時代」が終わりを迎える。政治的に右傾化する同地域で、女性の国家元首がいなくなる。

2010年ごろには、マチズモ(男性優位主義)で知られる中南米地域において、アルゼンチン、ブラジル、コスタリカとチリの各国で女性がトップの座に就いていた。

だが17日に行われたチリ大統領選の決選投票で、保守派のピニェラ前大統領が返り咲き、その時代に終止符を打った。

バチェレ大統領は、コモディティブームに後押しされ南米経済が急成長した時期に、左派傾向の強まりを受けて権力の座についた最初の女性指導者だった。2006─2010年に大統領を務めた同大統領は、2013年に再選された。

バチェレ大統領は、ブラジルのルセフ前大統領やアルゼンチンのフェルナンデス前大統領と共に、まん延していた女性への暴力をやめさせる法律を成立させ、公職に女性枠を設けることで議会での女性議員比率を欧州より高めるなど、地域女性の前進を象徴する存在だった。

だがいまや、女性の権利推進が停滞しないかと危惧されている。

「われわれは、過去15─20年の前進に対して疑問を呈する保守政治へのシフトを目の当たりにしている」。国連開発計画で中南米のジェンダー問題を担当するエウゲニア・ピザロペス氏はそう指摘する。

保守派グループが、地域全体で男女平等主義を標的にしていると、ピザロペス氏は言う。ペルーとコロンビアでは、伝統的な女性の役割から脱皮するよう少女たちを啓発する授業に対して抗議デモが起きたことで、教育担当大臣が辞職に追い込まれた。

チリのピニェラ候補は選挙戦で、出生率低下に対する懸念を訴え、バチェレ政権が緩和した人工妊娠中絶関連法の改正に意欲を見せた。バチェレ氏は厳しい中絶要件を緩和し、レイプや胎児の不育、出産時に妊婦が死亡するリスクがある場合などは、中絶を認めていた。

女性指導者の方が男性よりも女性の健康や権利を前進させるという明確な研究結果はないものの、米オクラホマ州立大で政治科学を研究するファリダ・ジャラルザイ氏は、中南米における調査でそうした傾向がみられたと語る。

「例えばジルマ(ルセフ氏)は、貧困や住宅対策など既存政策を取り上げ、それが女性の問題だということが明確になるように仕立て直した」と、ジャラルザイ氏は言う。

ピザロペス氏は、2007─2015年にアルゼンチン大統領を務めたフェルナンデス氏について、女性を対象とする寛容な社会政策プログラムを通じて、男女間の貧困格差を縮める効果を上げたと話す。

駐チリ欧州連合(EU)代表部のステラ・ゼルウダキ代表は、バチェレ大統領による女性省の創設や、女性が経営する会社に対する交付金プログラム、結婚の平等を推進する政策などを挙げ、「女性が指導者でなければ、これほど強力なものになったと思えない」と語った。

またバチェレ大統領が、EUとの通商協定の改定交渉で、男女の賃金平等や、育児休暇取得の平等、テクノロジーへの女性のアクセス改善などを盛り込んだジェンダーに関する章に力を入れたことを指摘した。

<汚職スキャンダル>

大統領が汚職スキャンダル陥ることの多い地域で、南米の女性指導者は名誉ある例外とはなっていない。

ルセフ氏は2016年、国家予算関連法を操作したと認定されて罷免され、その後収賄で訴追された。

アルゼンチンでは、今は上院議員となり収賄容疑で捜査を受けているフェルナンデス氏が、1994年の爆発事件へのイラン関与を隠ぺいしたとして反逆罪で訴追された。

両名とも容疑を否定している。ルセフ氏は最近、ブエノスアイレスにあるフェルナンデス氏の自宅を訪ねて励まし、自らの罷免手続きにも女性差別の要素があったと発言した。

ブラジルの保守派大統領テメル氏は、ルセフ氏の退陣後、全閣僚に男性を指名。ルセフ氏が罷免された時には、議員が「さよなら、かわいい人」と書かれたプラカードを掲げた。

ピニェラ氏は18日、「女性と男性」で閣僚を組むと表明し、男女バランスのとれた政権作りを示唆した。第1次政権メンバーが男女同数だったバチェレ氏を手本としたのかもしれない。

バチェレ氏自身の支持率は、義理の娘が銀行融資を確保するのに政治的なコネを使った疑いが浮上して以来、低迷していた。

<6つの選挙>

中南米では来年、コスタリカ、パラグアイ、コロンビア、ベネズエラ、メキシコとブラジルの6カ国で選挙が予定されているが、新たに女性大統領が誕生する可能性は低い。

メキシコでは、左派の有力候補と目されるアンドレス・マヌエル・ロペスオブラドール氏が、ライバルのマルガリータ・サバラ氏のことを繰り返し「フェリペ・カルデロンの妻」と呼び、女性差別だとしてサバラ氏の支持者を怒らせている。カルデロン元大統領の妻サバラ氏の支持率は10%程度となっている。

ブラジルでは、これまで2度大統領選に挑戦したマリナ・シルバ氏が最近出馬を表明したが、多くの世論調査で支持率は3位にとどまっている。

コロンビア大統領選には、複数の女性候補が立候補する見通しだが、有力候補はいない。アルゼンチンでは、ブエノスアイレス州知事のマリア・エウゲニア・ビダル氏が最も人気がある政治家だが、2019年の大統領選への出馬はないとみられている。

いまだに政界にはびこる女性差別やセクシャルハラスメントが、トップを目指す女性の妨げになっていると、以前大統領選にも立候補したペルーのメルセデス・アラオス首相は語る。

「私は(セクハラ)被害にあったことがある」。アラオス氏は最近記者団を前にそう語った。「いかにそれが意欲を殺ぐものか、認識することが重要だ」

(翻訳:山口香子、編集:下郡美紀)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中