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震災対応で3月に緩和強化、西村副総裁の4月追加緩和案を否決=11年上半期・日銀議事録

2021年07月30日(金)09時07分

7月30日、日銀は、2011年1─6月の金融政策決定会合の議事録を公表した。写真は2014年1月、都内の日銀前で撮影(2021年 ロイター/Yuya Shino)

[東京 30日 ロイター] - 日銀は30日、2011年1─6月の金融政策決定会合の議事録を公表した。東日本大震災が発生した直後の3月会合では金融緩和の強化を決定。その後もサプライチェーン(供給網)の混乱や福島第一原発事故に伴う電力不足などの問題が浮上するなか、中央銀行としてどのように貢献できるかを模索していく。原発事故の影響が続く、4月28日の決定会合では西村清彦副総裁が追加緩和を主張したが、他の委員全員の反対によって否決された。

日銀は前年10月の会合で「包括緩和」を決定し、同12月からETF(上場投資信託)とJ-REIT(不動産投資信託)の買い入れを始めたばかり。11年は年初から世界経済の回復の強まりを背景に景気の踊り場脱却へ期待が高まり、1、2月の会合では、いずれも金融政策を維持した。

<未曽有の大災害に即応、「小出しは絶対に避けるべき」との意見>

こうした中、3月11日午後2時46分、東日本大震災が発生。マグニチュード9.0、死者1万5000人を超える未曽有の大災害で、日銀はこの先、目まぐるしく変化する状況に対応を迫られる。

日銀は地震発生から約15分後の午後3時、白川方明総裁を本部長とする災害対策本部を設置。金融市場の安定と円滑な資金決済を確保するため、流動性供給で万全を期すと表明した。

14─15日を予定していた決定会合は、緊急事態に迅速に対応するため14日のみに短縮して開催した。日銀の初動態勢や金融インフラの状況、マーケットの動向などが確認され、被害額や今後の経済への影響について議論が及んだ。

白川総裁は、震災被害が広範囲に及び、サプライチェーンが格段に広がってきているということを意識する必要があると指摘。「金融緩和を一段と強化することが適当だ」と切り出し、企業マインドの悪化や金融市場のリスク回避姿勢の高まりなどが実体経済に悪影響を与えることを未然に防止するため「リスク性資産の買い入れを中心に、資産買入等の基金を増額することが有効な施策ではないか」と提案した。

この時、戦力の逐次投入はしないとした黒田東彦・現総裁の「異次元緩和」につながるような考え方も少し見えていた。議論では、全委員が基金の増額により金融緩和を強化することが必要との意見で一致。このうち野田忠男審議委員は「市場に十分な安心感を醸成する必要があるので、トゥー・スモール、いわゆる小出しは絶対に避けるべきだ」と指摘。その上で、これは予防的な措置であるという点を市場にしっかりと伝えることが必要だと強調した。

白川総裁は「我々自身のアクションが、実態がそこまで悪いのかと逆に経済活動を下押すという感じにならないように、周到な情報発信が必要だというご意見も頂戴し、私もそのように思っている」と議論を引き取った。こうして資産買入等の基金を5兆円程度増額し、40兆円程度とする金融緩和の一段の強化が決定された。

ただ、3月会合後もマーケットは荒れ模様だった。日経平均株価は15日、前日終値から一時1300円以上下落。17日の外為市場でドル/円は一時76.25円まで円高が進行した。18日朝、7カ国(G7)の財務相・中央銀行総裁は臨時の電話会合を開き、各国当局は協調して円売り介入を行った。

<日銀による国債引き受け論、高橋是清蔵相時代の措置に議論発展>

4月6─7日に開いた決定会合では、退任した須田美矢子氏に代わって、白井さゆり氏が審議委員に加わった。当時、震災の復興に向けた財源を捻出するために政府が国債を発行し、日銀に直接引き受けさせるという案が取りざたされていた。

日銀内では問題意識が共有されており、同会合では、亀崎英敏審議委員が戦前の高橋是清蔵相時代の事例を取り上げつつ、容認できないと否定的な見解を示した。

1930年代前半、昭和恐慌からの脱却を図るために高橋蔵相が主導した拡張的なマクロ経済政策のもと、日銀による国債直接引き受けが行われた。亀崎審議委員は「高橋蔵相も、未曾有の不況だから、と直接引き受けを始めたが結局やめられなくなり、二・二六事件を経て、軍備拡張という当初とは異なる目的に資金が流れた」と解説。その後に激しいインフレがもたらされて国民は大きく苦しんだとし、「未曾有の危機がさらなる深刻な危機を引き起こして、破滅の道を辿ることになるような愚行は、絶対に避けなければならない」と強調した。

亀崎委員の一連の発言に白川総裁も反応した。高橋蔵相が実際に用いた言葉に関心があり「この前帝国議会の議事録をみてみた」と語った。結果は「一時的性質」というもので、やはり一時的なものだということが明言されていたと指摘。白川総裁は「人間というのは自分達の弱さを知っているが故に、それを自覚するが故に、予め引き受けを禁止するということを取り極めている。人間はある意味で弱いのだが、それを自覚してそうしたルールを組み込むだけの強さというか賢さは持っていると私は思う」と語った。

政府側から出席していた桜井充財務副大臣は会合終盤、日銀の国債直接引き受けに関して「政府としてそのような検討は全く行っていない」と述べた。

同会合では金融政策を現状維持するとともに、復旧・復興に向けた資金需要への初期対応を支援することが必要との判断から、被災地の金融機関に対して総額1兆円の低利融資を実施し、担保要件も緩和する方針を打ち出した。

<想定外の原発リスク、西村副総裁が追加緩和を主張>

大震災によって発生した津波による福島第一原発の事故は、金融政策の議論にも影響を及ぼした。日銀は震災発生直後の決定会合で、資産買入等の基金を5兆円増額することを決めたが、西村副総裁が4月28日の会合で再び基金の5兆円増額を主張した。

西村副総裁は「福島原発に関してはここまで長引く、もしくは深刻になるというのは残念ながら想定していなかった」と発言、事故後の自身の見通しが楽観的だったことを認めた。経済の下振れリスクは相当大きく、企業や消費マインドのさらなる悪化を食い止めるために早めの政策対応が必要だと強調した。

ただ、他のボードメンバーは追随しなかった。森本宜久審議委員は、震災直後の会合で追加緩和に踏み切ったところであり、現在、国を挙げて供給面での復旧に全力を挙げていると指摘。今はこうした状況を見極める時期で「さらなる追加緩和の必要性は、私はない」と述べた。

一方、山口広秀副総裁は、不確実性が特に高い経済情勢の中では、政策の効果を一つ一つ見極めながら運営していく「漸進主義の考え方が基本になる」と主張。当面、これまで取ってきた日銀の政策効果を確認していくべき段階だと述べた。

白川総裁は、資産買い入れを5兆円増額した場合に「例えば福島の被災地域の中で、それによって安心感が広がる、あるいは国民全体の安心感が広がるということではない」と指摘。「むしろ原発のリスクを考えれば考えるほど、それ自体についてはなかなか金融政策という手段で立ち向かうには本当に重苦しいリスクだ」と述べた。西村副総裁の提案に賛同者はなく、金融政策の現状維持が決定した。

続く5月会合で西村副総裁は追加緩和の連続提案を見送り、金融政策は現状維持となった。西村副総裁は、前回は政策発動に最も望ましい時期だと判断したが、そのタイミングを外してメリットは小さくなったと説明。さらに、もし自身が今回も追加緩和を提案すれば「政策委員会のインテグリティに対する無用な憶測」を招く可能性があり、そうした事態は避けなければならないと語った。

6月13─14日の会合では、成長基盤支援の貸し出し制度について、動産担保融資と出資で総額5000億円のあらたな貸付枠を設定することを決めた。これまでの成長基盤強化を支援するための資金供給は日銀が狙った「呼び水効果」が得られたと評価された。

<国民からの信頼感が「全ての出発点」>

白川総裁は、4月6─7日の会合で、日銀が中央銀行として果たすべき役割として、基本的な金融機能をしっかり維持していくことが何より大事だと指摘。さらに、今後どういった復興をしていくのかということを考えた時、根本として「成長基盤の強化ということが大事だ」と語った。これらは「ポストコロナ」時代を見据える現在の日本でも議論が起きている今日的なテーマとなっている。

白川総裁はこの時、こうも語った。「震災が発生し、大変大きな難局に直面しているだけに、やはり中央銀行の行動に対して国民から信頼感を持たれることが全ての出発点である」。

(杉山健太郎、和田崇彦 編集:石田仁志)

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