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焦点:LIBOR問題、旗振り役不在 巨額デフォルト懸念も

2020年04月06日(月)07時58分

4月3日、世界で約400兆ドルの取引に参照されているロンドン銀行間取引金利(LIBOR)。来年末の廃止を見据え、代わりの金利指標に移行する必要があるが、明確な旗振り役が不在で、議論が加速しにくい状況だ。都内で2018年5月撮影(2020年 ロイター/Toru Hanai)

梅川崇、アラン・ジョン

[東京/香港 3日 ロイター] - 世界で約400兆ドルの取引に参照されているロンドン銀行間取引金利(LIBOR)。来年末の廃止を見据え、代わりの金利指標に移行する必要があるが、明確な旗振り役が不在で、議論が加速しにくい状況だ。放置すれば巨額のデフォルト(債務不履行)を引き起こす恐れもある。

<顕在化した溝>

「金融機関との間で後継金利を選ぶための本格的な話し合いは始まっていない」。武田薬品工業<4502.T>の財務担当責任者アミト・シング氏はこう打ち明ける。

武田は巨額資金を投じてアイルランドの製薬大手シャイアーを買収したこともあり、有利子負債が国内で最も多い企業のひとつ。LIBORに紐づいた契約も多いとみられ、昨年半ばから廃止に伴う影響の分析を始めたが、代わりの指標を選ぶ作業には着手していない。

「検討委員会から指針が示されれば、すぐにでも銀行と調整に入るのだが」と、シング氏は話す。

新たな金利指標への円滑移行に向けて2018年に発足した検討委は、20社以上の金融機関や事業会社が加盟し、金融庁や日銀もオブザーバーとして参加する。

検討委は昨年11月、関係企業へのヒアリング結果を公表した。貸出を巡る後継金利は、銀行では既存の東京銀行間取引金利(TIBOR)を推す声が多かった一方、事業会社は過半がリスク・フリー・レートに基づくターム物金利を支持。両者の溝が顕在化した。

問題はこのターム物金利が今は存在しないことだ。金融情報ベンダーのQUICKが21年半ばまでに公表する見通しだが、ある銀行関係者は「確約がない以上、現状ではTIBORが最善」と指摘する。

TIBORを後継金利にすれば、現行のシステムで対応できるため追加費用を抑えられるメリットもある。

<LIBOR消滅のリスク>

LIBORは指定された複数の銀行が提示するレートで、幅広い金融商品や取引で利用されている。

国内ではLIBOR参照の融資契約や債券発行、デリバティブの想定元本が計6500兆円に上ることが、金融庁と日銀の調査で判明した。

ただ、レートを示す側の銀行が自らの都合で不正に操作したことが発覚し、その後の英国当局の方針で、21年末以降は公表されない可能性が高まっている。

「何の措置もしないままLIBORが廃止されれば、テクニカル・デフォルトを引き起こす。指標の消滅で支払うべき金額が分からなくなり、借り手はお金があっても支払えなくなる」と、大和総研の金本悠希主任研究員は指摘する。

金融庁・日銀は今後の移行状況を踏まえつつ、立ち入り検査を伴うオンサイトモニタリングも視野に入れる。

<新型コロナも影響>

不正操作問題以降、銀行間取引金利の信頼性は揺らいだ。TIBORは、発表主体の全国銀行協会で行動規範を導入するなどの改革を行ったが、「銀行間取引金利は不正操作される可能性が残る」(武田薬品のシング氏)と懸念する向きもある。

後継金利がリスク・フリー・レートに一本化される英国や米国とは異なり、2つの金利指標が併存する日本では、当局がどちらを使うべきか明言しない方針だ。「民間の契約は民間同士で協議すべき」(金融庁幹部)との考えだが、こうした当局の姿勢は消極的に映る。

コンサルティング大手アクセンチュアのベネチア・ウー氏は「金融庁や日銀などが調査をしているものの、移行に向けた強い公的なメッセージがない」と指摘する。

旗振り役が不在の中、新規契約でもLIBORを使う企業がある。複数の関係筋によると、ソフトバンクグループ<9984.T>は2月に発表した最大5000億円の借り入れでLIBORを利用したもようだ。同社は「契約諸条件は開示していない」と回答した。

また、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で「在宅勤務を取り入れる企業が増え、そもそも顧客と対面での協議ができない」(先の銀行関係者)という。残り21カ月で解決すべき課題は多い。

全銀協会長を3月末で退任した三井住友銀行の高島誠頭取は、最後の記者会見で、業界が直面する主要課題のひとつにLIBOR問題を挙げた。

「ターム物金利の構築を含めて不確定要素が多いのも確かだが、それらがすべて解消されないと他のことが決められないというのでは、最終対応が間に合わなくなることが懸念される」と述べた。

(編集:石田仁志)

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