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焦点:中国自動車販売の記録的落ち込み、引き金は新排ガス基準

2019年07月06日(土)08時08分

Yilei Sun and Norihiko Shirouzu

[上海/北京 ロイター 2日] - 上海の「ビュイック」ディーラーのロン・リー氏は4月末、経験したことのない難問に頭を抱えていた。店の駐車場を埋める80台近いセダンやスポーツ多目的車(SUV)を、どうすれば売り尽くせるか、という問題だ。

問題の核心は、「国5」と呼ばれる排出ガス基準に適合するよう製造された自動車の販売が、6月30日までしか認められない点にあった。その後は、新基準の「国6」を満たす自動車しか販売できなくなる。

リー氏によれば、客足は依然としてあったが、「国5」適合車を買ってはくれなかったという。

「『国5』適合車をいつまで運転できるか、あるいは将来的に転売できるかどうか、顧客には分らない。我々ディーラーにさえ分らないというのが正直なところだ」

このため、リー氏のディーラーでは5月、「国5」適合車の価格を最大30%引き下げた。5月の中国自動車販売台数は過去最悪の落ち込みを記録したが、リー氏の店はその中で、ディーラー各社や業界幹部が「前例のない広がりのディスカウント」と評した動きに参加したことになる。

大気汚染対策に熱心な中央政府に促され、上海も、2020年7月1日に予定される「国6」導入を前倒しで実施する15の都市・省に加わっている。

上海、北京、そして同じく新基準を前倒しで実施する江蘇省、浙江省のディーラー約20社の従業員にロイターが取材したところ、「国5」適合車の販売が難しくなっていることが分った。

一部のディーラーでは、「国6」適合の同車種に比べて2000ドル(約21万6000円)以上のディスカウントを提示していた。上海にある「プジョー」の仏PSAグループのディーラーでは、SUV「5008」を購入した顧客に小型車「301」を無料で提供するという思い切った手に出ている。

当初、4月以降の販売の落ち込みの原因は景気減速と米国との貿易紛争と言われていた。

だが現在では、15都市・省による新基準導入が拙速だったとする批判が中心になっている。これらの都市や省の自動車販売台数は、世界最大の自動車市場である中国全体の60%以上を占めている。

5月の販売台数が前年同月比で16%も減少するという販売危機により、中国の2019年自動車販売予測は下方修正されている。これまでは、ほとんどのアナリストが、横這い、または微増と予測していた。

だが最近では、1990年代以来初の販売減少となった2018年の2.8%減に続き、今年の年間販売台数も約5%減少するという予測がもっぱらである。上海を拠点とするオートモティブ・フォアサイトでアナリストを務めるイェール・ツァン氏は、減少幅は10%近くになると予想している。

「売れ残った『国5』適合車は別の地域に転売され、いずれそうした地域での販売にも打撃が及ぶことになる」と同氏は予測する。

<大気汚染への批判>

中国では大気汚染が市民の不満の大きな原因になっており、政府は5年前に「汚染との戦い」を宣言。過去40年間の急激な経済成長がもたらした環境へのダメージを緩和しようとしている。

この目標に向け、政府は電気自動車の導入を積極的に推進しており、「国6」排ガス基準は世界で最も厳しいものと見られている。

政府は昨年、汚染対策への取組みを強化し、地方当局に対し「国6」基準を前倒しで実施するよう促した。この流れに最初に乗ったのは南部の海南省で、2018年11月にも実施する方針を表明した。

これを受けて、実施時期の前倒しに着手した他の省や都市からも発表が相次いだ。ただし前倒しの時期は今年1月から7月までさまざまで、地元ディーラーから「在庫をさばけない」という苦情を受けて延期したところも、海南省など複数あった。

結果として混乱が生じ、当局は先月ようやく、「国5」適合車の購入者はその車を転売できることを明確にした。

売れ残った「国5」適合車をまだ新基準が実施されていない他の都市や省に輸送するためのコストはディーラーが負担しなければならない。一方で自動車メーカーは、新基準実施に合わせて「国6」適合車の発売を急ぐという厄介な課題に取り組まなければならなかった。

中国汽車工業協会(CAAM)の上級幹部であるシー・ジャンフア氏は6月の記者会見で、「なぜ自動車メーカーは、基準に合わせて新製品の製造・発売を調整することを許されないのか」と、不満を口にした。

シー氏は、珍しく政府の動きを批判する形で、「『国6』基準の実施日は決まっていた。それなのに、なぜメーカー各社が十分な余裕を持てないような形で前倒しするのか」と述べた。

自動車メーカーとしては、新基準に適合するためにエンジン技術に根本的な変更を加える必要は必ずしもないが、触媒を追加し、排ガスや粒子状物質を捕らえるようなフィルターシステムの改善が求められる。技術者らがロイターに語ったところでは、こうした変更のためには、設計と実現のために数年を要する場合もあるという。

中国で勤務する米自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の技術者は、「問題は、既存のエンジンの設計に組み込む具体的なコンポーネントを設計するために必要なコストと時間だ」と述べた。

複数の業界関係者によれば、ある車種について認証を得るためのプロセスには6カ月─1年かかる場合があり、中国自動車技術研究センター(CATARC)などの自動車検査機関は、急激な検査需要の増大に対応できるほどの設備を持っていないという。

CATARCにコメントを求めたが回答は得られなかった。

つまり、自動車メーカーの側では、期待よりも少ない「国6」適合車しか作れていないということを意味する。

ジェフリーズは先月のリサーチノートにおいて、5月に販売された自動車のうち「国6」基準適合車はわずか21%だったが、需要に見合うためには50%必要だと指摘している。

中国における最大の外国車ブランドである独フォルクスワーゲン(VW)は、電子メールによる声明のなかで、7月1日以降、主要地域で販売されるすべての既存車種が「国6」基準に適合する予定であると述べた。

「現時点では『国5』適合車の在庫もそれなりにあるが、たとえば、それらの車種を全国に振り分けるなどして在庫の削減を進めている」とこの声明は説明している。

米フォード・モーターの担当者は、同社のラインアップはほとんどすべてが「国6」適合車になっていると話した。GMにもコメントを求めたが、ただちに回答は得られなかった。

浙江吉利控股集団[GEELY.UL] の担当者は、同社のガソリンエンジン搭載車種についてはすべて「国6」適合車であると述べた。一方、トヨタ自動車<7203.T>の広報担当者は新基準適合に向けて技術的な余裕があり、「国6」基準への切り替えによる大きな影響はないと述べている。

日産自動車<7201.T>は、業界内で新基準への対応準備が最も進んでいる国際自動車メーカーとして広く認知されており、2月の時点で、中国における自動車生産の90%が「国6」基準に適合したと表明している。

政府機関の自動車排汚監控センターによれば、これとは対照的に、広州汽車集団(GAC)<601238.SS>や長城汽車<601633.SS>などの国内メーカーは、6月時点でまだ適合認証を受けていない車種を抱えているという。

もっとも、一部の顧客にとっては、新基準への転換に伴う混乱はチャンスだった。

上海のビュイックショールームで「国5」適合のセダン「リーガル」の契約を済ませたジアン・リンフェンさんは、「自動車のことはよく分かっている。こうした『国5』適合車は技術的には十分に先進的だ。それならば、大きくディスカウントされている新車を買わない理由はない」と話した。

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
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