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焦点:GDPもう古い、「ニューエコノミクス」は地球を救うか

2019年05月16日(木)20時29分

Matthew Green

[ロンドン 8日 ロイター] - 飽くなき経済成長の追求は地球上の生命を支える基盤を蝕んでおり、このままの流れが続けば、貧富にかかわらず、どの国も苦い結果を避けることはできそうにない──。このことは今や、科学的にも裏付けられつつある。

では、世界はどうすれば針路を変えられるのだろうか。

まだ非主流派ではあるものの、世界中に張り巡らされた緊密なネットワークに参加するエコノミスト、草の根の活動家、企業経営者、政治家、そして一部の投資家たちが、その答えを描き出そうとしている。

どのような構想か。米国とモザンビークのように全く異なる経済においても共通の尺度とされる国内総生産(GDP)よりも、もっと総合的な進歩概念をもとに、国家、地域コミュニティ、自然のあいだに新たな関係を打ち立てる、というものだ。

「環境の崩壊と気候変動という双子の課題に対処できるような経済体制を目指して私たちがしっかり進んでいくために必要なことをやっている国家は、地球上には存在しない」と語るのは、ロンドンの公共政策研究所の准研究員であり、「This Is A Crisis(これは危機である)」と題する新たな環境分析レポートの主執筆者を務めたローリー・レイバーンラングトン氏。

「しかし、規模を拡大できればという条件付きだが、そうした問題に対応できるのではないかと思われるアイデアや小規模なプロジェクトはたくさん進められている」と彼は言う。

勢いを増している試みの1つが、GDP以外の基準で進歩を図ろうというものだ。GDPは本質的に、ある国の財・サービスの市場価値を測定している。

現在30歳のレイバーンラングトン氏をはじめとする「ニューエコノミクス」の旗手たちは、より広くは、迫り来るシステミックな環境激変への対応を組織化するに当たって、国家が中心的な役割を演じなければいけないことをそろそろ認めるべきだ、と主張している。

だが彼らが思い描いているのは、産業国有化や企業幹部の報酬上限設定といった1970年代の左派勢力の政策への先祖返りではない。むしろ、社会的な不平等に取り組みつつ地球全体としての「健康」を回復するような新たな参加型の経済活動を地域コミュニティが生み出せるよう、各国政府が支援していくべきだと考えている。

そうした活動の候補をいくつか挙げるならば、地域単位で運営されるクリーンエネルギープロジェクト、労働者所有の協同組合、さまざまな種類の進歩的なビジネス、さらには、適切な政策環境のもとで飛躍的に伸びる可能性のある再生型農業や生態系回復事業といったところだ。

GDPに代わるバランスの良い指標の考案をめざす初期の試みである「真の進歩指標(Genuine Progress Indicator)」などの例を踏まえて、公正さや、健康、持続可能性における進歩を測定する新たな経済指標を民主的な協議を通じて策定することも可能だろう。

<現状打破の挑戦>

この種の取組みをさまざまな形で追及している企業や地域グループは多いが、そうした哲学が最も顕在化しているのは「グリーン・ニューディール」である。

若者主導の「サンライズ・ムーブメント」の支持を受けるアレクサンドリア・オカシオコルテス米下院議員が提唱する「グリーン・ニューディール」は、社会的公正を、再生エネルギーや気候変動といった政策課題と結びつけようとしている。

これに対し、米国の主流派エコノミストらは、政治的な立場の如何にかかわらず、炭素税や環境技術への優遇制度といった形で既存のシステムに修正を加え、二酸化炭素排出量を削減するだけで十分だ、と反論している。一方で共和党や一部の投資家は、「グリーン・ニューディール」に激しい批判を加えている。

ヘッジファンドであるキャピタリスト・ピッグのジョナサン・ホーニグ氏は3月、米テレビのフォックス・ビジネスに対し、「70兆、80兆、いや90兆ドル規模のコストがかかる。社会主義者がエネルギー政策を乗っ取ろうとしている」と語った。「まぎれもない、正真正銘の社会主義だ」

だが、複数年にわたる2つの画期的な科学研究では、生態系に対する企業主導の攻撃があまりにも加速しているため、小手先の対応では手遅れになっているという結果が出ている。

国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は10月、地球温暖化に歯止めをかけられるよう二酸化炭素排出量を迅速に削減するには、本格的に経済を変革するしかない、という結論に達した。

6日には、130カ国で並行して行われた科学調査により、産業社会によって100万種の生物が絶滅の危機に瀕している、との結果が報告された。報告書を執筆した145人の専門家は、動植物の絶滅ペースが、過去1000万年に比べて数千倍も速くなっているという結論を出している。

報告書の共同代表執筆者である人類学者のエドゥアルド・ブロンディジオ氏は、「成長優先のマインドセット」を捨てるべき時だ、と述べている。「『これまで通りのやり方』を終らせなければならない」

<若者の目に焦燥感>

「ニューエコノミクス」支持者のあいだでも賛否が分かれる問題の1つは、温室効果ガス排出量を迅速に削減するために経済成長を完全に止めてしまう必要があるほど、現時点で破滅的な気候変動のリスクが差し迫っているのか、という疑問だ。

持続可能な「グリーン成長」の余地がまだ残っているという考える人もいるが、21世紀版「暗黒時代」に転落する恐れから、各国政府が今すぐ消費を急速に削減するよう監視することを求める人もいる。

世界経済の再編という課題を否定する人はいないが、世界的な学生ストライキや、気候変動対策の強化を求める団体「エクスティンクション・レベリオン」による国際的な市民不服従行動といった環境行動主義の高まりによって、新たな議論が生まれている。

「若者たちの目に浮かぶ焦燥感と厳密な科学が合流したことにより、社会の中枢でも、これまでには見られなかったような議論が生じている」と語るのは、学界、企業、社会運動を結ぶネットワーク「ウェルビーイング・エコノミー・アライアンス」の共同創設者であるオーストラリアの政治学者キャサリン・トレベック氏だ。

トレベック氏の新たな共著書「The Economics of Arrival(到達の経済学)」では、スコットランドからコスタリカ、デンマーク、ポルトガル、アラスカに至る各地における多くのイノベーションを紹介している。

こうしたプロジェクトにおける投資機会はだいたいにおいて非常に小規模だが、複数の大手ファンドも変革の必要性を感じている。

グローバル投資マネジメント会社GMOの共同創業者であるジェレミー・グランサム氏は昨年8月、「私たちの前にあるのは、短期的な利益最大化へのフォーカスを強化し、社会的な善にほとんど、あるいはまったく関心を示そうとしない資本主義だ」と書いている。

「私たちは、自分の投資ポートフォリオや自分の孫世代だけではなく、人類という種を保護することを迫られている。さあ、始めよう」

(翻訳:エァクレーレン)

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