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焦点:「EV王座」狙う独VW、排ガス不正どん底からの復活劇

2019年02月14日(木)15時41分

Edward Taylor and Jan Schwartz

[ボルフスブルク(ドイツ) 6日 ロイター] - 独自動車大手フォルクスワーゲン(VW)が、電気自動車(EV)で世界のトップに君臨するという野望を実現できるとすれば、それは、排ガス不正という同社史上最悪の事件から生まれた、リスクの高い、思い切った「賭け」のおかげかもしれない。

自社の命運を賭けて800億ユーロ(約1兆円)もの巨額を投じたVWは、EV量産で収益性を確保するという大勝負に出た。これはどの自動車メーカーもいまだ近づくことさえできない壮大な目標だ。

自動車大手のEV計画には、これまで共通する1つの主要目標があった。それは、収益性の高い従来タイプの車から得られる利益を守りつつ、全体として大気汚染防止の規制を満たせる程度にゼロ・エミッション(排出物ゼロ)車を追加しよう、というものだ。

また顧客側は大半がEV購入に及び腰だった。高すぎる価格、充電の面倒さ、航続距離の不足が原因だ。

80年の歴史を誇るVWにとって、最大の戦略転換に踏み切るきっかけとなったのは、2015年10月10日にボルフスブルクのゲストハウスで週末開かれた危機対策会議だった。同社幹部がロイターに語った。

会議を主宰したのはVWで当時ブランド責任者だったヘルベルト・ディース氏。曇り空の土曜午後、9人のトップマネジャーが集まったのは、同社の排出ガス不正を規制当局が摘発したことに対する善後策を協議するためだ。このスキャンダルによってVWは270億ユーロを超える巨額の罰金を科せられ、名声は大きく傷ついた。

「激しい議論だったが、もし十分に思い切った飛躍ができれば、これはチャンスになり得るとの理解も得られた」。VWブランドのセールス担当取締役ユルゲン・シュタックマン氏はそう振り返る。

「あれが、EVというアイデアを単にもてあそぶ以上のことをやろうという、最初のプランニング会議だった」と、同取締役はロイターに語った。「われわれは自問した。ブランドの未来について、どういうビジョンがあるのか、と。現在の状況はすべて、ここにつながっている」

このブランド経営委員会からわずか3日後、VWは「MEB」というコードネームを与えられたEVプラットホーム開発計画を発表し、低価格EVの量産に向けた道が開かれた。

15年にVWの排ガス不正スキャンダルが暴露されてから数カ月間、ライバルの自動車メーカーはこれを「VWの問題」として扱っていた、と業界の専門家は指摘する。

だがその後、業界全体で排ガス基準を超過していることが発覚し、規制当局は取り締まりを開始した。内燃機関エンジンに固執すべきビジネス上の根拠が弱まり、業界全体が再考を迫られている。

「ディーゼルゲート」事件の悪役だったVWが、今や世界最大のEVメーカーへと変貌して、需要さえ実現すれば、他社に先んじて市場を席巻する可能性が浮上している、とアナリストは予想している。

「(独ニーダーザクセン州の)エムデン工場をEV生産に転換するという決定は、この土曜日の会議がなければ、決して実現しなかっただろう」とシュタックマン氏は語る。彼はロイターの取材に応じた5人のVW上級幹部の1人だ。

もっとも、同社が抱く野心の全貌が明らかになったのは、ほんの2カ月前だ。EV開発とバッテリー調達に向けて、ライバルを凌駕する800億ユーロを投じると宣言して、業界を驚かせたのだ。

VWは、EVの年間生産台数を18年の4万台から、25年には300万台へ増大させる計画だ。

<戦略上の危険>

これは危ない賭けだ。

どのような種類の車が公道を走るのにふさわしいかを、顧客ではなく規制当局や政治家が決めている現状では、自動車業界は需要がまったくないEVを1400万台も生産してしまうリスクを抱えている、とデロイトのアナリストは警鐘を鳴らしている。

またVWの戦略は、長期的には「オール・オア・ナッシング」の賭けである。

VWが発売するEV「ID」がショールームに登場するのは2020年の予定だが、同社ではガソリンや軽油を燃料として使うエンジン車の量産を打ち切る期限を設定している。最後のガソリン・ディーゼルエンジン車は、26年までに開発される。

EVへの賭けはリスクが大きくなる可能性がある、とエバーコアISIのアナリスト、アーント・エリングホースト氏は指摘。路上の充電インフラ事情に左右される車を保有したいとは、消費者が思っていないからだ。

「人々がまだEVを買おうという気にならなかったら、どうなるのか。EVの普及は、米国や欧州、そして中国で同じように進むのだろうか」とエリングホースト氏は問いかけた。

ただし、欧州連合(EU)と中国での排出ガス規制を考えればEVの普及は不可避であり、業界に先んじてEV移行することに対する「リスクの見返りはポジティブ」だと付け加えた。

VWの上級幹部によれば、「ディーゼルゲート」事件の副産物はEVシフトの加速以外に、もう1つあるという。それは世論や政界の怒りの標的となった社内の守旧派が一掃されたことだ。

これにより、ディース氏などの新顔が実権を握ったのだ。同氏は、VWの排出ガス規制逃れを米規制当局が摘発する少し前に、ブランド担当チーフとして同社に加わっていた。

BMWで画期的なEV開発に貢献していたディース氏は、その後、アウディやポルシェ、ベントレー、セアト、シュコダ、ランボルギーニ、ドゥカティなどを抱える一大ブランド集団であるフォルクスワーゲン・グループの最高経営責任者(CEO)に任命された。

自動車各社がEV量産で利益を確保できていないのは、主として、EV原価の30─50%を占めるバッテリーパックのコストが高すぎるからだ。

航続距離500キロを実現するバッテリーは約2万ドル(約220万円)である。これに対して、ガソリンエンジンなら約5000ドルで済む。EVの場合、モーターやインバーターにも2000ドル程度かかるため、ギャップはさらに広がる。

新興EVメーカーのテスラが販売する最も低価格の「モデル3」でさえ、ドイツでの販売価格は5万5400ユーロで、コンパクトスポーツタイプ多目的車(SUV)「ポルシェ・マカン」の標準モデル価格をわずかに下回るだけだ。米国では「モデル3」価格は3万5950ドルからとなっている。

VWは自身が誇る規模の大きさが、現行の「ゴルフ」より低いコスト、つまり約2万ユーロ以内でEV製造するための優位性をもたらすと考えている。世界最大の乗用車・トラックメーカーとしての優れた調達力を生かしてコストを引き下げようというのだ。

「われわれは大衆のためのブランド、フォルクスワーゲンだ。EVには規模の経済が必要になる。他のどんな自動車メーカーよりも、VWは規模の経済を生かしやすい立場にある」とVW上級幹部の1人はロイターに語った。

VWのEV関連予算額は、最も規模の近いライバルである独ダイムラーが表明している420億ドルを上回っている。米国トップのゼネラル・モーターズ(GM)は、EVと自動運転車に計80億ドルを投資する予定だと表明している。

日産自動車<7201.T>、仏ルノー、三菱自動車<7211.T>の3社連合は17年後半に、22年までにEV及び自動運転車の開発に100億ユーロを投じると発表している。

「25年にはVWが世界最大のEVメーカーになっていると予想する」とUBSのアナリスト、パトリック・ヒュンメル氏は言う。「テスラはニッチプレイヤーの座にとどまる可能性が高い」

<厳格化する排出ガス試験>

「ディフィートデバイス(無効化装置)」と呼ばれるエンジン制御ソフトを用いたVWの排出ガス不正の結果、より厳しい汚染物質排出検査が導入された。これにより16─17年には、業界全体で、実際に運転した条件下での排出ガスの数値が、実験室の場合に比べ最大で20%高くなることが明らかになった。

地球温暖化の原因としてやり玉に挙げられる二酸化炭素(CO2)の排出量削減を目指す自動車業界にとって、ハードルがさらに上がる結果となった。

欧州議会は昨年12月、自動車由来のCO2排出量を、21年を基準として30年までに37.5%削減することに合意。これはEUが、07年から21年にかけて排出量の4割削減を義務付けた措置に続くものだ。

「(ガソリンやディーゼル)エンジン車にだけに頼っていては、この目標はもはや達成不可能だ」と、世界最大の自動車部品サプライヤーであるボッシュのフォルクマル・デナーCEOは、欧州議会が合意した削減案について語った。

今年以降、基準を超えるCO2排出量1グラムにつき95ユーロの罰金が科されることになる。

戦略策定を支援するPAコンサルティングは、欧州の平均規制値を超過することによりVWが負担する罰金は、21年までに14億ユーロに達すると予測する。これに対し、フォード、フィアットクライスラーの罰金は、それぞれ4億3000万ユーロ、7億ユーロを見込む。

また、ダイムラー、BMW、PSA、マツダ<7261.T>、韓国の現代自動車<005380.KS>も、21年の平均排出量目標を達成できない、とPAコンサルティングは予想。目標達成が順調に進んでいるのは、トヨタ<7203.T>、ルノー・日産・三菱連合、ボルボ <0175.HK>、ホンダ<7267.T>、ジャガーランドローバーだという。

PAコンサルティングの予想は、各パワートレインに関する17年の登録データ及び消費者の購入動向からの推定であり、最新の販売動向は反映されていない。

フォード、VW、BMWは昨年、ハイブリッド車とEVの販売拡大に力を入れたことにより、目標達成が可能だと述べている。ダイムラーは目標達成を目指すと述べ、PSAは目標を尊重すると語った。フィアットクライスラーはコメントを拒んだ。マツダはコメントせず、現代自動車からは回答が得られなかった。

自動車各社は、それぞれの平均CO2排出量を引き下げようと苦戦している。消費者の人気が、より重く、より大きなSUVにシフトしており、燃費と大気汚染を増大させずに加速性能や乗り心地を同じレベルに維持することが困難になっているためだ。

JATOダイナミクスによれば、現在欧州ではSUVが最も人気の高い車種となっており、34.6%の市場シェアを誇る。軽量スポーツカーを製造するポルシェでさえ、セールスの61%はSUVだ。

業界全体に及ぶ排出量の超過に対応するため、EU本部が昨年末向けてさらに厳しい立法措置を進める中で、VW幹部たちは、自社全体がCO2排出量目標を達成するために最も効率的な方法は、EVのみに集中することだという結論に達した。

EV投資を最終決定し、「ディーゼルゲート」以後に策定した方針の堅持を宣言した時点で、もはや後には退けなかった、と幹部たちは言う。

「他の選択肢を評価した末に、私たちはEVを選んだ」。VWのラルフ・ブランドステッター最高執行責任者(COO)は11月、ロイターに語った。

(翻訳:エァクレーレン)

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