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焦点:米朝会談の開催国ベトナム、北朝鮮の「お手本」になるか

2019年02月13日(水)15時39分

James Pearson

[ハノイ 6日 ロイター] - さびついたソ連時代の戦闘機と旧東ドイツ大使館の間にある、ハノイ中心部の緑に囲まれた公園には、レーニン像がそびえ立っている。ロシア革命の影響を受けた、共産主義国ベトナムの象徴だ。

レーニン像建立から1年たった1986年、ベトナムは独自の改革・開放路線「ドイモイ政策」を掲げた。この抜本的な改革により、ベトナムは戦争で破壊された無力な農業国から、アジアで最も急成長する国の1つへと大きな変貌を遂げた。

ハノイの「レーニン公園」が今も人気があるのは、ベトナム人が共産主義のルーツに敬意を表しているからではなく、西洋をまねて熱心に練習するスケートボーダーたちがいるからだ。

それでも、今月27─28日に米朝首脳会談のホスト国ベトナムで成功を収めた改革モデルは、貧しく孤立した北朝鮮の手本となる路線だと、大きな注目を集めている。北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長とトランプ米大統領はここで2回目の会談を行う。

ドイモイ政策の導入以来、ベトナムの1人当たり国内総生産(GDP)は約5倍に増加。同国を支配するベトナム共産党に反対する人もほとんどおらず、強固な基盤を維持している。

ただ、それには政治的な変化と個人の自由が必要だった。正恩氏を生き神としてあがめ、同氏が完全支配する北朝鮮にとって、これらを実現するには大改革が必要となる。

「たった1人が全ての権力を掌握すると、誤った決断をしがちだ」と、ベトナム中央銀行のカオ・シー・キエム元総裁は言う。1989─97年に同国の金融政策を全面的に改革した同氏は、「権力の希薄化を受け入れねばならなかった」と、ベトナムの開放時代について語った。

革命家でベトナムの「建国の父」であるホー・チ・ミン氏の健康状態がベトナム戦争中に悪化。右腕だったレ・ズアン氏が後を継ぎ、絶対的指導者として1986年に死去するまで同国を支配した。

ズアン氏の死去により、ベトナムの「独裁時代」は終焉(しゅうえん)を迎え、経済改革に続いて政治改革への道が開かれたと、シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所のフェロー、Le Hong Hiep氏は指摘する。

「レ・ズアンは筋金入りの共産主義者で、レーニン主義の政治・経済システムを支持する保守派だった」と同氏は言う。「彼の死去後、あのように権力を支配できる政治家は誰1人いなかった。代わりに政治局がその後を引き継ぎ、合意に基づく最高意思決定機関となった」

<さよなら、レーニン!>

一方、北朝鮮は独裁時代しか知らない。正恩氏は、政治的遺産を父親であり前指導者の金正日(ジョンイル)総書記と、祖父で建国の父である金日成(イルソン)主席から受け継いだ。

彼らは「白頭山の血統」と呼ばれる世襲制度を築いた。白頭山は中国との国境に位置する伝説の火山で、金日成氏が日本軍に対しゲリラ戦を仕掛けた場所とされている。

北朝鮮では1972年、自主性を唱える「主体(チュチェ)思想」が公式にマルクス・レーニン主義に取って代わった。チュチェ思想のルーツはソ連のイデオロギーにあるが、マルクス・レーニン主義と共産主義への言及は次第に消えつつある。

金一族は北朝鮮で神のような立場を与えられている。北朝鮮ウォンの公式為替レートは2001年まで、対ドルで2.16ウォンに固定されていた。正日氏の誕生日が2月16日であることがその理由だった。

正恩氏は反政府派や脱北者に対して残酷な取り締まりを行っていると人権活動家は批判するが、経済改革においては、同氏の下で進展がみられる。

正恩氏は国内の一部市場を発展させ、経済特区を増やし、多様な消費者の嗜好(しこう)に合わせ、製造する製品範囲を拡大するよう工場に求めている。

「北朝鮮の歴史において、前任者2人と比べても、これははるかに大きな変化だ」と、米スタンフォード大学アジア太平洋研究所の朝鮮半島専門家、アンドレイ・アブラハミアン氏は指摘する。

韓国の中央銀行によると、正恩氏が政権の座についてから4年後の2016年までに、北朝鮮の経済成長率は17年ぶりの高水準を記録した。だが昨年は、核兵器開発を巡る国際制裁による圧力を受け、伸び率は縮小した。

「北朝鮮は前例のないほど市場経済を受け入れているが、それでもまだいくつか大きな制約がある」とアブラハミアン氏は述べ、財産所有や土地利用、また海外からの投資を促進するために、訪朝する外国人に対する監視を緩和する正式な制度の必要性を挙げた。

<シックな共産主義>

国民の生活水準を改善するために正恩氏が主導したと宣伝されている北朝鮮の経済改革は、これまでのところ、政治の自由化をほとんど伴っていない。

北朝鮮は今でも公式的には非課税だ。また、多くの北朝鮮人が食料を国ではなく市場に頼っているにもかかわらず、北朝鮮政府は配給制度が機能していると公言している。

ベトナムでは、改革が実施されると、配給制度は姿を消した。

ベトナム経済は現在、非常に開かれており、同国がまさに共産主義の真っただ中にあった「補助金時代」が、新しいカフェやレストランの「ビンテージ」デザインとして主に復活している。

北朝鮮では、そのようなイメージは神聖化される。

「モダンなカフェというよりノスタルジーを感じる」と、人気のチェーン店「コンカフェ」でココナツラテをすすりながら大学生のNguyen Hoang Phuong Nganさんは語った。このカフェは共産主義時代のプロパガンダをブランディングに採用している。

だが、ベトナム変革の道のりが常になだらかだったわけではない。

ドイモイ政策が打ち出されて10年目の1996年、政府当局はベトナムから「社会悪」を一掃するため、外国のビデオやレーニン公園に貼られたわいせつなポスターなどの摘発を開始した。

レーニン像が今でも公園の広場に影を落とす中、そこにいるスケートボーダーたちのほとんどは楽しんでいるか、あるいはレーニン像にどっちつかずの感情を抱いている。

「スケートボードは西洋生まれのストリートスポーツだから、これをレーニン像の真ん前で行っているというのは大したこと」と、ジャズピアニストのNhat Huy Leさん(27)は話した。「楽しいよ」

(翻訳:伊藤典子 編集:下郡美紀)

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