愛と尊敬を教える哲学が詰まった「がまくんとかえるくん」作者の人生

2020年9月3日(木)18時50分

<絵本の常識を変えた不朽の名作「がまくんとかえるくん」シリーズ出版50年の節目に作家 A・ローベルの人生とレガシーを探る>

どこがすごいって、「のっけから悲しい話でしょ」。そう言ったのは気鋭の絵本作家マック・バーネット。

そのとおりだ。故アーノルド・ローべルの「がまくんとかえるくん」シリーズ(邦訳・文化出版局)と言えば、半世紀にわたり世界の子供たちを魅了してきた絵本の名作だが、その第1作『ふたりはともだち』は切ない失意と絶望の場面から始まる。

春の初日、冬眠から目覚めた「かえるくん」は、さっそく親友の「がまくん」に会いに行く。しかし、がまくんはまだ眠いので、一月したら起こしてくれと言って、布団をかぶってしまう。

かえるくんはそんなに待てない。寂しいから、がまくんの家のカレンダーを引きちぎり、ほら、もう一月たったよと言って起こしてしまう。

「孤独に耐えるか、親友をだますかの選択を迫られて、かえるくんは後者を選んだ」とバーネットは言う。「でも一緒にいる限り、ふたりはハッピー。何があっても、最後は友情が絶望に勝つ」

愛と尊敬を教える手引き

カエルの心理をそこまで深読みしなくても、と思われるかもしれない。でも、読んでみればわかる。この友情は愛よりも深い。このシリーズで描かれる物語はいずれも冒険の予感で始まるが、いろいろあっても結局は何も変わらない。そして変わらぬ友情がくっきりと浮かび上がる。友情にも何かとストレスは付き物だが、それもひっくるめて、ふたりは真の友達なのだ。

エイズに侵されたローベルは長い闘病の末、1987年に死去した。しかしカエルたちの友情は今も生きている。出版50年の節目に筆者が話を聞いた作家たちは一様に、本の一節を聖書のごとく引用し、まるでハムレットを論じるような熱さでカエルたちの性格を分析した。

『ふたりはともだち』の生誕50周年記念版 IMAGES BY HYPERION BOOKS FOR CHILDREN, CANDLEWICK, KIDS CAN PRESS, AND HARPER COLLINS PUBLISHERS

ローベル作品は「子供のための散文詩入門」だと評したのは、絵本作家のシーシー・ベル。第2作の『ふたりはいっしょ』がいかに斬新で奥深いかを、延々と説明してくれた作家も3人いる。

人であれ動物であれ、子供の本の世界には仲良しペアの話が多い。ベルの『ウサギとロボット』もそうだし、ティム・イーガンの『ドズワースの世界めぐり ニューヨークぐるぐる』(邦訳・ひさかたチャイルド)も、モー・ウィレムズの『ぞうさん・ぶたさん』シリーズ(邦訳・クレヨンハウス)もそうだ。

ただしウィレムズが言うように、今の作家たちがローベルから受け継いだのは「でこぼこコンビ」のコンセプトだけではない。大切なのは、真の友情は不信も誤解も乗り越えると言うこと。「そういう心の機微をあそこまで描けたローベルは稀有な作家だ」と、ウイレムズは言う。一方、カエルたちの友情は「特別な人を愛し、尊重しつつも自分らしさを捨てずに生きるための道しるべ」だと評したのは、『あかちゃん社長がやってきた』(邦訳・講談社)の著者マーラ・フレイジーだ。

カエルたちの関係に自分の内面の葛藤が反映されていることを、ローベルは認めていた。「あれで初めて自分の内面を見つめた」と、彼は晩年に語った。「理屈には合わないが、私は子供向けの話を書くつもりでいた。しかし心の底では、いま書いているのは全て自分の人生で起きたことで、どうしようもなく個人的なことだと気付いていた」。ちなみにローベルの娘エイドリアンも、「あの絵本のキャラクターは父そのもの」だと語っている。

友と接するときの思いの熱さは、たとえ理解のレベルは違っても、大人も子供も同じはず。そういう認識が、ローベル作品を受容するカギとなる。『ジェームズ、わたしを撮って!』(邦訳・汐文社)の著者アンドレア・ローニーに言わせれば、カエルとガマガエルの友情は「時には危険で理解し難い世界にあっても絶対に揺るがない安らぎと許し」のモデルなのだ。

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