コラム

アメリカ離れ、対中接近へ──『文明の衝突』の罠に陥る日本

2018年09月15日(土)14時20分

米中貿易摩擦と同時に進む日中首脳の親密化 Lintao Zhang/GETTY IMAGES

<米メディア発「真珠湾発言」と「日朝接触」報道で喜ぶのは誰か――対中制裁を無にする「再アジア化」の歴史は繰り返される>

米ワシントン・ポスト紙電子版は8月28日に2つのニュースを伝え、日本に衝撃を与えた。

6月7日にホワイトハウスで日米首脳会談が行われた際に、冒頭でトランプ大統領が「私は真珠湾を忘れない」と安倍晋三首相に不満を示したという。対日貿易赤字を抱えるアメリカが日本の経済政策を批判したもの、と同紙は解説している。

もう1つは、7月に日本と北朝鮮の情報当局がベトナムで極秘接触していたことだ。日米両国は同盟国として対北問題で緊密に連絡し合うと約束したにもかかわらず、日朝の接触は伝えられていなかった。

日米間の隙間風を伝える2つのニュースはどちらも政策当局からのリークとの見方がある。「真珠湾発言」は安倍政権の官邸外交に反発する日本の霞が関が流したもので、「日朝接触」の出どころは中国だという。

非核化交渉は6月12日の米朝首脳会談以降、うまくいっていない。北朝鮮が朝鮮戦争の終戦宣言を求めるのに対し、米側は非核化の具体的行動を要求し、折り合いがつかない。

いら立ちを募らせるトランプは、非核化交渉が不調に陥った背後に中国の存在がある、と批判している。北朝鮮を対米外交の駒として使っている、というのだ。そこで中国が日朝秘密交渉をリークして、トランプの怒りの矛先を日本に向けさせようとしたというわけだ。

こうした対立劇はハーバード大学の政治学者サミュエル・ハンチントン教授が96年に書いた論考『文明の衝突』(邦訳・集英社)そのものだ。同書によると、ヒューマニズムを基盤とする西洋文明の代表者アメリカは早晩、儒教の代表者である中国と世界秩序をめぐって激突する。

「精神的なぬくもりを感じさせない」冷酷な宗教である儒教は個人よりも集団に重きを置き、権威と階級などを重視する。独裁体制を支えてきたイデオロギーでもあるので、中国も北朝鮮も儒教を放棄しない。中国が考える国際秩序は国内秩序の延長線上にあり、国力の増大に伴い西洋中心の秩序に挑戦してくる。

そこで問題となるのは日本だ。「アジアにおけるアメリカの影響力が小さくなると、日本は<再びアジア化>すべきだとする考えが日本国内で勢いを増し、東アジアの舞台で中国が改めて強い影響力を持つのは避けられないと考えだすだろう」と、ハンチントンは書いている。

既にそうした前例があった。89 年に中国が天安門広場で民主化を求める市民と学生を弾圧した後、自由主義陣営が対中制裁を科した。だが92年、冷戦崩壊の隙を突くかのように日本は天皇を訪中させ、欧米の結束を崩壊させた。日本には西洋文明に対する「裏切りの前科」がある。

不誠実な「二枚舌」外交

90年代以降から現在に至る東アジア情勢を眺めると、「文明の衝突」論にも一理ある。ワシントン・ポストが誰のためにリークを報じたかは分からない。ただ「米国離れ」や「二枚舌外交」と欧米から見られても仕方のない不誠実さは日本側にある。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB当局者、6月利下げを明確に支持 その後の見解

ワールド

米、新たな対イラン制裁発表 イスラエルへの攻撃受け

ワールド

イラン司令官、核の原則見直し示唆 イスラエル反撃を

ワールド

ロシア、5─8年でNATO攻撃の準備整う公算=ドイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 3

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 4

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 5

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 6

    【画像】【動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲…

  • 7

    ヨルダン王女、イランの無人機5機を撃墜して人類への…

  • 8

    紅麴サプリ問題を「規制緩和」のせいにする大間違い.…

  • 9

    インド政府による超法規的な「テロリスト」殺害がパ…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story