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スペインあれこれつまみ食い

松尾彩香|スペイン

女性の権利を訴えるCMが大炎上 連発する平等省のしくじり

平等省イレネ・モンテロ大臣©️YouTube -Lío monumental en el Congreso: Irene Montero carga contra el PP

現在スペインでは平等省が発表した新しい広報CMが物議を醸しています。

このCMは「女性の2人に1人は人生で男性から何かしらの暴力を受ける」というテーマをもとに作成されたものなのですが、このビデオを観た視聴者から「税金の無駄遣いだ!」と、このCMを作成した平等省や大臣に向けて批判や抗議の声が上がっているのです。話題になっている広報CMはこちら。

ご覧の通り、このCMは4つの場面に分かれています。

一つ目の場面はインフルエンサーがライブストリーミングをしている場面。「わざとシラフでクラブに行き、泥酔した女の子を狙う友達がいる」という話をライブで披露していたところ、「今、自分の友達のことをレイプ魔だって言ったね」というコメントが入ってきます。それを読んだインフルエンサーは「え?俺が?」と困惑した表情を浮かべます。

二つ目の場面はトーク番組のようです。男性司会者が女性出演者にいやらし表情を浮かべ「洋服といえばさ、君は寝るときはセクシーな下着か快適な下着どちらを着けて寝るの?」と質問します。女性出演者は怯えた表情で振り向きカメラに向かって「もし私が男性ならこんな質問はしないはず」と囁き、それを聞いた男性司会者は「えー?俺??いやいやいやw」と笑って誤魔化すのです。

三つ目の場面はトラックに乗っている運転手。トラックの周りを男性のサッカーファンが歓声を上げながら通り過ぎて行きます。それを見た運転手はカメラに向かって「彼らが応援している選手は彼女を殴って有罪になったんだ。」とコメント。サッカーファンたちは「彼はやっていない」とコールを続けます。

最後のシーンではアパートの窓から外を見ている男たちの影。ナレーションが「女性の2人に1人は彼女の人生で男性から何かしらの暴力を受けています。もしあなたや私が犯人ではないのなら、誰がやったのですか?もしあなたが食い止めるために何もしないのなら、誰がやるのですか?」と問いかけCMは終わります。

この4つのシーンは全て実際にスペイン国内で起きた出来事をパロディ化したものなのですが、なぜ賛同どころか批判が相次いでいるのでしょう。以下でひとつずつ解説していこうと思います。

 

インフルエンサー大激怒「もっと他のことで金を使え」

一つ目の場面に登場したインフルエンサーの元となった人物はエル チョカス(El Xokas)。スペインで最も有名なライブストリーマーです。

彼はこの広報CMに激怒し、抗議のため1時間以上に渡るライブストリームを行いました。実際、彼は今年4月に行ったストリーミングでこのCMとほぼ同じ話をしているのですが、チョカスによればこのCM内では発言が誤解を招く使われ方をしているというのです。「自分が伝えたかったことはCMのような『友達がシラフでクラブに行って泥酔した女の子をお持ち帰りし暴行を加えている』という内容ではなく、『例え40点の見た目でも相手が酔っ払っていれば70点に見えたりする。そこでスマートに会話ができれば女の子は自分に好意を持ってくれるだろうと思って、うまく話ができるようにシラフでクラブに行く友達がいる』という内容であって、泥酔している女性を持ち帰る話なんてしていない。」とストリーム内で本来の意図を説明し、今回の広報CMを作成したイレネ・モンテロ平等大臣に対しては「税金は正しく使え。信用を失うことばっかやってないで働け。俺らはその税金を払うために一生懸命働いてんだ。」と怒りのコメントを残しました。話の前後関係を無視し、都合のいい部分だけを切り取られたことに対しチョカスは大激怒しているようです。

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©️YouTube - RESPONDO A IRENE MONTERO y al MINISTERIO DE IGUALDAD | Xokas

 

有名司会者が番組内で抗議

二つ目のシーンで登場しているトーク番組の司会者はパブロ・モトスのパロディとされています。ジャスティン・ビーバーやテイラー・スイフトなど欧米の有名人も数多く出演したことのあるトークショー「エル・オルミゲロ」の司会進行を務め、スペイン国内で知らない人はいないくらい有名な彼ですが、エル チョカス同様この広報CMで使用された内容は事実と異なっているとして同番組内で抗議を行いました。

今回話題になっている場面は、2016年にスペイン発祥の下着ブランドWomen's secretのアンバサダーであるエルサ・パタキーが、クリスマスに向けて発表されたセクシーな下着とパジャマのプロモーションのために番組に出演した時の一場面でした。クリスマスのセクシーな下着についての会話の流れでパブロは「ごめんなさい。これは性的な質問じゃなくてジャーナリズム的な質問なんだけど、寝るときはセクシーな下着か快適な下着どちらを着けるの?」と質問したのです。エルサはそれに対して「うーん、どっちもかな。快適すぎるとセクシーじゃないし。夫に対して魅力的でいたいでしょ」と回答。会話はエルサの広告写真の下着の話へと移ります。

この広報CMに対して同番組内でパブロは「平等省はこんなCMのために何百万ユーロもの税金を使っているんです。私にミソジニーと呼ぶためにね。」と平等省に対して不満を訴えました。番組の共演者たちも「他人に恥をかかせるようなやり方で広告を作成する政府は私たちに相応しくない」「それに下着のプロモーションをしに来た人に下着の質問をしただけでしょう?」とパブロを擁護しています。また番組内で過去に出演した多くの男性にも寝る時の下着に関する質問を投げかけているVTRを流し、話題になっている広報CMの「私が男性だったらこんな質問をしないはず」の部分も否定しました。

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左が司会者パブロ、右がエルサ・パタキー©️YouTube - Pablo Motos responde a la campaña de Igualdad que utiliza una frase suya: "El Ministerio miente"

 

無罪になったサッカー選手

3つ目のシーンは国内のサッカーチーム レアルベティスのサポーターたちのパロディだと言われています。

2013年、当時チームに所属していたルベン・カストロ選手が交際していた女性に暴力を振るったとして訴えられる出来事がありました。長い裁判が続きましたが、女性の主張が二転三転することから2017年にカストロ選手は無罪になっています。裁判期間中サポーターたちがスタンドから「オレ!ルベン・カストロ!君のせいじゃない。あの女はクズだ。お前はよくやった」という歌を歌っていたので、今回広報CMで使われたのはその場面のパロディなのでしょう。カストロ選手は個人のSNSを持っていないため彼のリアクションは確認できませんが、現在の彼のパートナーであるマリア・エルナンデスはツイッターでこの広報CMを拡散しカストロ選手の名前をあげた政治家に対し「個人的にメッセージさせてください。対応しないなら弁護士を送り込みます」と不快感をあらわにしています。

 

毎年恒例行事 男性寮と女性寮の駆け引き

最後のシーンで使われた窓から覗く男性たちの影。これは最近大騒ぎになった出来事のパロデイです。

今年10月、マドリードのある男子寮の寮生たちが全フロアの窓から顔を出し、隣の女子寮に向けて「ビッチども!!!!そのウサギみたいな巣から出てこいや!お前らはニンフォマニア( 性欲が異常に強い女性)のビッチだ!」などと叫ぶ出来事がありました。撮影されたビデオは即座に拡散され、政治家たちが大勢出てきて女性軽視だと声をあげるなど、この話題をニュースで目にしない日はないほどの大問題になったのです。しかし数日後、被害の対象となった女子寮の生徒が口々と「彼らに対して可哀想だと思っています。確かに言葉は相応しくないけど、私たちはジョークだと分かっているからこれに関して嫌な気持ちは全くしません」「男子寮生たちは私たちにとって兄弟みたいなものです。仲良くやっています」と男子寮生たちを擁護し始め、周りからも政治家たちがこの出来事を政治利用していると批判の声が聞かれるようになり、これに関する報道はパタリと止みました。騒ぎを起こした男子生徒たちは退学になったりと処分を受けましたが、女性寮の生徒の証言よると男子寮と女子寮の生徒たちはいつもこの様にお互いを罵り合ってふざけているということで、下品であり擁護すべき出来事ではないけれどもこれに関しては外野が騒ぎすぎたなという印象を強く持っています。

 

大丈夫か平等省!?

平等省が議論を巻き起こしているのはこの広報CMにとどまりません。今年10月にスペインでは新たに女性を守るための基本法「イエスと言った時だけ法(Solo sí es sí)」が制定されたのですが、この法律をリードしたイレネ・モンテロ平等大臣に今批判の声が集まっているのです。

このイエスと言った時だけ法によって、男から女性への「精神的・心理的暴力」と「身体的暴力」の区別をなくし、今まで6年から12年だった懲役刑を4年から12年に広げるという変更が行われました。しかしこの懲役刑の拡張が現在服役中の受刑者にも適応されることによって、あちこちで減刑が起こっているというのです。一部の報道によると、本来女性を保護するために作られたこの法律で現段階で少なくとも46人の受刑者に釈放などのメリットが生まれてしまっているそうで、女性の味方でいるはずのモンテロ大臣が多くの性犯罪加害者を助ける結果となってしまいました。

フェミニストの私の友人にすら「あの大臣に女性を代表して欲しくない」と言われてしまっているモンテロ大臣。国民からブーイングや辞任を求める声は止みませんが、今のところ法の見直しや広報CMの撤回等は行わないようです。もし日本で同じことが起きたら即座に削除と謝罪、辞任が行われそうな流れですが、こういう所で国の違いというものを感じます。

 

Profile

著者プロフィール
松尾彩香

2015年スペイン巡礼(カミノデサンティアゴ)フランス人の道を完歩。スペイン語習得のために渡ったコロンビアでコーヒー農家になるもスペイン移住の夢が捨てられず、現在はコロンビアのコーヒー事業を継続しながらマドリードのベッドタウンでひっそりとスペインライフを満喫中。

Twitter: @maon_maon_maon

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