コラム

バイデン政権が狙うIPEFによるWTO改革

2022年06月10日(金)18時15分

バイデン政権がIPEFを通じて意図していることは...... REUTERS/Jonathan Ernst

<バイデン政権がIPEF(インド太平洋経済枠組み)を通じて意図していることは、必ずしも中国の力が十分に及んでいない国々に対して知的財産権保護を求めることにあると言えるだろう......>

1990年代から2000年代初頭にかけて、欧米などの西側諸国は中国やロシアなどのリビジョニスト国家が自由貿易体制に組み込まれることで、彼らが自由で民主的な価値観を受け入れると楽観視していた。

そして、WTOは自由貿易体制を守る象徴的な機関として考えられてきた。同機関に加盟した国々は、自由貿易体制に組み込まれるとともに、知的財産権などのビジネスルールを尊重するように変わるはずであった。

しかし、現実の国際政治はそれらの楽観論を否定しており、我々は理想とはかけ離れた厳しい現実に向き合う必要性に迫られている。

WTOが知的財産権保護を骨抜きにする道具に

今やWTOの主要国間の貿易紛争を調停する機能が麻痺していることは周知の事実だ。各国が安全保障を理由とした例外規定などの建前を並べて、同機関の自由貿易の理念を骨抜きとするように精を出す姿は見るに耐えかねる有様だ。

しかし、現在WTOにおける最も深刻な問題は、WTOの議論の場が知的財産権保護を骨抜きとする道具と化そうとしていることだろう。

WTO加盟国はTRIPS協定に基づいて、知的財産権保護と権利行使手続きの整備が義務付けられている。そのため、WTO加盟国は国内法を整備して知的財産権の保護に努める必要がある。

しかし、現在WTOではこのTRIPS協定を免れるための免除規定に関する議論が喧しくなっている。きっかけはコロナ禍において、2020年10月にTRIPS理事会でインドと南アフリカが治療薬やワクチンに関連した知財に関するTRIPS規定の免除を求めたことにある。

既存の国際機関で中国の影響力が増大

知的財産権の保護を主張する欧米及び日本などの先進国は同免除に当初反対の立場を取ってきたが、製薬企業などによる特許権の開放を求めて途上国らは同免除に積極的な姿勢を見せてきた。裏で途上国側の糸を引いているのは当然に中国ということになる。

欧米及び日本などの先進国にとって高い技術力に支えられた知的財産権は重要だ。しかし、欧米の知的財産権によるガードを突き崩すために、その強制的な移転を求めてきた中国にとっては、現状では先進国の知的財産権保護の取り組み、新たな覇権を握るための障害でしかない。

ロシアのような単純なリビジョニスト国家は恐怖と暴力で他国を威圧するやり方しかとりえないが、中国のように豊富な経済力・外交力を活用して国際機関を通じた働きかけを駆使する国の相手は極めて厄介である。国連を始めとした既存の国際機関では中国の影響力が増大し続けており、途上国がその尖兵として利用されている面も否めない。

プロフィール

渡瀬 裕哉

国際政治アナリスト、早稲田大学招聘研究員
1981年生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。 機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。日米間のビジネスサポートに取り組み、米国共和党保守派と深い関係を有することからTokyo Tea Partyを創設。全米の保守派指導者が集うFREEPACにおいて日本人初の来賓となった。主な著作は『日本人の知らないトランプ再選のシナリオ』(産学社)、『トランプの黒幕 日本人が知らない共和党保守派の正体』(祥伝社)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか』(すばる舎)、『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『2020年大統領選挙後の世界と日本 ”トランプorバイデン”アメリカの選択』(すばる舎)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国当局、地方政府オフショア債への投資を調査=関係

ビジネス

TikTok米事業継続望む、新オーナーの下で=有力

ワールド

トランプ前米大統領、ドル高円安「大惨事だ」 現政権

ビジネス

米ペプシコの第1四半期決算、海外需要堅調で予想上回
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story