最新記事
香港

「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った香港政府、大埔の惨事が暴いた「愛国者統治」の機能不全

HK Blaze Bares Decay

2025年12月10日(水)06時00分
マイケル・モー(英ニューカッスル大学博士課程、香港の元区議会議員)
火災現場から遺体を運び出す消防隊。安全基準を満たさない資材が延焼を招いたとされる VERNON YUENーNEXPHER IMAGESーSIPA USAーREUTERS

火災現場から遺体を運び出す消防隊。安全基準を満たさない資材が延焼を招いたとされる VERNON YUENーNEXPHER IMAGESーSIPA USAーREUTERS

<異論を徹底的に封じ「愛国者」で固めた政府は、警鐘を鳴らすはずの見張り役を失い機能不全>


▼目次
形だけの「調査委員会」

11月26日、香港・大埔(タイポ)区の高層住宅群で大規模な火災が起き、159人の命を奪った(12月5日現在)。

火災発生から数時間後には炎に包まれた現場のすぐそばで市民主導の救援活動が始まり、被災者に物資を配布し、医療や心のケアを行った。消防隊も市民が提供する食料や防寒具を頼りにした。

一方、政府系NGOが警察の支援を受け現場に到着したのは翌日になってから。台風などの災害時と違い、行政機関の垣根を越えた連携も、すぐには見られなかった。

市民の迅速な動きと当局の鈍い反応はまさに対照的で、李家超(ジョン・リー)行政長官の下、香港の行政が深刻な機能不全に陥っていることを如実に示す。香港政府は体面を保とうとして、かえって恥をさらした。

当初当局は修繕工事に使われた竹製の足場が急激な延焼につながったと発表したが、後に足場を覆う可燃性の防護ネットと各戸の窓に張られた発泡スチロール板が原因と判明した。二転三転する説明は、建設業者からも元政府関係者からも一般市民からも非難された。

政府がどんなに取り繕おうと、行政の監督体制が完全に崩壊しているのは明らかだ。

2010年代に建物の点検保守が義務化されて以来、修繕工事をめぐる談合などの不正行為はむしろ増加し、請負業者やコンサルタントの摘発が相次いだ。

今回の火災の2カ月前には7710万米ドル規模の修繕工事をめぐり、競争事務委員会(日本の公正取引委員会に相当)が業者とコンサルタントを逮捕した。建築物を管轄する建築局は修繕工事を検査する権限を持つが、積極的な介入は行わない。

20年に国家安全維持法が施行され、24年に国家安全条例が成立する以前の香港では、市民社会が不完全ながら、こうした不正行為を監視し歯止めをかけていた。

民主派政党は市民による請負業者の精査を支援し、民主派の区議会議員は市民の懸念を当局に伝えていた。蘋果日報(アップル・デイリー)や壹週刊(ネクスト)などの独立系メディアは、ずさんな工事や汚職を暴いた。

こうした安全装置が機能していれば、大規模火災は防げた可能性がある。だが現体制の下で、その安全装置は全て破壊されていたのだ。

民主化運動家は投獄され、沈黙を強いられ、亡命した。民主派の政党や団体は解体された。蘋果日報も壹週刊も廃刊に追い込まれ、発行人の黎智英(ジミー・ライ)は国家安全維持法違反に問われて5年近く前から収監され、今なお裁判が続く。活動を続けるメディアも、言論の自主規制を強めている。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ミネソタ州に兵士1500人派遣も、国防総省が準備命

ワールド

EUとメルコスルがFTAに署名、25年間にわたる交

ワールド

トランプ氏、各国に10億ドル拠出要求 新国際機関構

ワールド

米政権、ベネズエラ内相と接触 マドゥロ氏拘束前から
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
特集:総力特集 ベネズエラ攻撃
2026年1月20日号(1/14発売)

深夜の精密攻撃でマドゥロ大統領拘束に成功したトランプ米大統領の本当の狙いは?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向」語る中、途方に暮れる個人旅行者たち
  • 2
    【銘柄】「住友金属鉱山」の株価が急上昇...銅の高騰に地政学リスク、その圧倒的な強みとは?
  • 3
    ピラミッドよりも昔なのに...湖底で見つかった古代の船が明かす、古代の人々の「超技術」
  • 4
    世界最大の埋蔵量でも「儲からない」? 米石油大手が…
  • 5
    中国のインフラ建設にインドが反発、ヒマラヤ奥地で…
  • 6
    DNAが「全て」ではなかった...親の「後天的な特徴」…
  • 7
    鉛筆やフォークを持てない、1人でトイレにも行けない…
  • 8
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世…
  • 9
    シャーロット英王女、「カリスマ的な貫禄」を見せつ…
  • 10
    AIがついに人類に「牙をむいた」...中国系組織の「サ…
  • 1
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率が低い」のはどこ?
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 3
    上野公園「トイレ騒動」に見る、日本のトイレが「世界一危険」な理由
  • 4
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 5
    世界初で日本独自、南鳥島沖で始まるレアアース泥試…
  • 6
    正気を失った?──トランプ、エプスタイン疑惑につい…
  • 7
    母親が発見した「指先の謎の痣」が、1歳児の命を救っ…
  • 8
    韓国『日本人無料』の光と影 ── 日韓首脳が「未来志向…
  • 9
    「高額すぎる...」ポケモンとレゴのコラボ商品に広が…
  • 10
    中国が投稿したアメリカをラップで風刺するAI動画を…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    ウクライナ水中ドローンが、ロシア潜水艦を爆破...「史上初の攻撃成功」の裏に、戦略的な「事前攻撃」
  • 4
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 5
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した─…
  • 6
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 7
    「腸が弱ると全身が乱れる」...消化器専門医がすすめ…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 10
    前進するロシア、忍び寄る限界...勝者に見えるプーチ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中