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「人前に出る準備に2時間かかる...」カマラ・ハリスが自ら語る大統領選「敗北の要因」とは?

SHE ONLY HAD 107 DAYS

2025年10月17日(金)15時54分
ブルース・ウォルピー(豪シドニー大学アメリカ研究センター上級フェロー)
昨年9月、選挙期間中のハリスとバイデン(右)。ハリスはバイデン路線の中核を継承するとされた

ハリスはバイデン(右)の政策の中核を継承した(昨年9月) MICHAEL M. SANTIAGO/GETTY IMAGES

<「ブス女と言われた」「泣いたら負け」――ドイツ・メルケル首相との会話を回顧録『107日』で振り返るハリス。討論会の失点から投開票まで「勝てた世界線」はどこで失われたのか――>

<この記事の前半はこちら:ハリス大統領の「もしも」は実在した?――回顧録『107日』が示す討論会敗北からでも「勝てた世界線」

選挙活動中のトランプの暴言はとどまるところを知らなかった。ハリスは回顧録の中で、その一部についての自身の反応を明かしている。

その1つが、全米黒人ジャーナリスト協会の会合でトランプが行った発言だ。「ハリスは数年前にたまたま黒人になり、今は黒人だと認めてもらいたがっている」と、トランプは言った。


選挙活動の身支度に2時間

これを受けてハリスの陣営スタッフのブライアン・ファロンが「自身の人種的アイデンティティーについて力強い演説で反撃すべきだ」と進言したとき、ハリスはこう言った。「今日は、私の人種について証明しろと言っている。次は何? 女性じゃないと言われたら、今度は性器を見せろとでも?」

ハリスは選挙期間中の7月25日に、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と行った会談についても書いている。

彼女はイスラエルが23年のイスラム組織ハマスによる攻撃に反撃したこと自体は正当だったと考えているものの、「罪のない大勢のパレスチナの女性や子供が殺害されたことや人質の命を優先しなかったこと」をはじめ、ネタニヤフの対応の「凶暴性」は批判している。

ネタニヤフとの会談では「即時停戦の必要性と、パレスチナ人に何らかの政治的展望を示す戦後計画の必要性を繰り返し主張した」と、ハリスは書く。だがネタニヤフはその意見──特にハリスがそれを言ったことが気に入らなかった。

「彼は自分の向かい側に座るのがジョー(・バイデン)でも私でもなく、トランプであってほしいと考えていた」

政治の世界で女性であることについては「男性よりも準備に時間がかかる」苦労があり、選挙活動中の身支度には2時間を要したと明かす。

女性は依然として「私たちが取り組んでいる重要な問題」よりも、こうした一見些細なことを基準に評価されているとハリスは指摘した。

ドイツで初めて女性として首相を務めたアンゲラ・メルケルと交わした会話も紹介している。メルケルはハリスに「最初はブス女と言われて傷ついていた」と語り、ハリスのほうに身を傾けて言った。「泣かされたら負けだから」

ハリスは一度も泣かなかった。

彼女は演説でトランプの最も痛いところを突いた。カリフォルニア州の司法長官として「私はあらゆる類いの捕食者に立ち向かってきた」と、彼女は言った。

「女性を虐待する者、消費者を食い物にする者、自分の利益のためにルール違反をする者など。私はドナルド・トランプのような連中をよく知っている」

聴衆はこの言葉に「爆発的な反応」を示したと、ハリスは書いている。

「英語には短くても多くを語ることのできるフレーズがある。『彼のような連中はよく知っている(I know his type)』もその1つだ。誰だって自分が個人的に知っている品位の低い人物について、このフレーズを使ったことがあるだろう」

それでも勝利を信じていた

ハリスは大規模な集会を開き、潤沢な資金を持ち、競争力のある候補者だった。自分が大統領に選ばれれば、就任初日には「アメリカ国民のために成し遂げていく優先事項のリストを手に、大統領執務室に入るつもりだ」と語った。

これとは対照的に、トランプが大統領に選出されれば「彼は自分の敵のリストを手に執務室入りするだろう」とハリスは言った。現在の米政治を見れば、それが現実になったことは明らかだ。

ハリス陣営で最も賢明な助言者だったのは、08年大統領選でオバマを勝利に導いたデービッド・プラフだった。

彼はトランプの支持率が過去の選挙戦よりも高く、さらに暗殺未遂事件によって支持者が20%増えたと分析。「彼が獲得する票の数は、どんな予想よりも10%多いと思え」とハリスに助言した。

敗北の要因をハリスはどう考えているのか。彼女自身の評価は「結局のところ、大統領選に勝利するという大仕事を成し遂げるには107日間では足りなかった」というものだ。

そうかもしれない。ハリスが誇りに思っていた全て(インフラや医療、クリーンエネルギーに関する画期的な法案)は選挙の日までに分かりやすく有権者に恩恵をもたらすものではなかった。11月を前にインフレ率と金利は高止まりし、即効性のある救済策もなかった。

ハリスはトランプ支持者に直接語りかけたいと願っていた。

「一人一人に聞けたらよかった。あなたは何に怒っているのか。医療制度か、食料品の価格か。それとも、つらい仕事に見合わない給料か──あなたを助けるため、私には何ができるのか」

ハリスは移民・国境問題や、将来に希望を持てないZ世代の問題などでトランプに対抗しようとしたが、果たせなかった。

彼女の支持率は9月中旬にピークを迎え、その後は下落していった。世論調査の誤差範囲を超えて彼女がトランプをリードしたことは、一度もなかった。

選挙当日、彼女は自らの勝利を信じていたが。

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9月23日に出版されたハリスの回顧録『107日』(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

The Conversation

Bruce Wolpe, Non-resident Senior Fellow, United States Study Centre, University of Sydney

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.



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