最新記事

宇宙

ブラックホール爆弾から無限のエネルギーを取り出すのは夢じゃない

Advanced Civilizations Could Create 'Black Hole Bombs' to Generate Energy

2020年7月2日(木)18時30分
ダニエレ・ファシオ(英グラスゴー大学の量子テクノロジー教授)他

光をも歪ませるブラックホールの想像図 JEREMY SCHNITTMAN/NASA’S GODDARD SPACE FLIGHT CENTER

<ブラックホールに投入したエネルギーが増幅されて戻ってくる、その連鎖反応を利用した爆弾と、それを利用した発電の基礎となる物理現象を裏付ける研究が発表された>

回転するブラックホールは、周囲の時間と空間を引きずりこむほどの巨大な自然の力だ。ブラックホールをなんらかのエネルギー源として利用できないかと考えるのは当然だろう。数理物理学者のロジャー・ペンローズは1969年、まさにそのための方法として、のちに「ペンローズ過程」と呼ばれるようになる理論を提唱した。

高度に進んだ文明(異星人や未来の人類)なら、この手法を利用して、「ブラックホール爆弾」を製造してエネルギーを得られるかもしれない。だが、そのために必要な物理現象のいくつかは、一度も実験で実証されたことはなかった──いままでは。この手法の基礎となる物理現象を裏づける我々の研究が、先ごろ「ネイチャー・フィジックス」誌に発表された。

092719_mt_blackhole_inline_680-1.gif

JEREMY SCHNITTMAN/NASA'S GODDARD SPACE FLIGHT CENTER


ブラックホールから逃げるエネルギー

「事象の地平線」(ブラックホールの周囲の境界で、これを越えると、どんなものでも、光でさえも逃げ出せなくなる)のまわりには、「エルゴ球」と呼ばれる領域を生み出している。ここに落下してブラックホールに捕まらず脱出した物体は、ブラックホールから効率的にエネルギーを奪っていく。つまり、ブラックホールに光や物体を上手く送りこめば、エネルギーを回収できるかもしれないのだ。

だが、この理論は成立するのだろうか? 1971年、ロシアの物理学者ヤーコフ・ゼルドビッチは、この理論を地球でテストできる別の回転システムを考案した。ブラックホールの代わりに、「エネルギーを吸収できる素材でつくられた回転シリンダー」を考案したのだ。

ゼルドビッチは、このシリンダーから光波がエネルギーを抽出し、増幅されるのではないかと推測した。だが、増幅をうまく作用させるためには、光波が「角運動量」を持っている必要がある。光波をらせん状にねじる勢い、ということだ。

ねじられた光波がシリンダーにぶつかると、「ドップラー効果」により、光波の周波数が変化する。救急車が通り過ぎる時に、誰もが経験したことがあるはずだ。救急車が近づいてくるときには、遠ざかっていくときよりも音が高い。移動の方向によって音のピッチが変わるのだ。それと同じように、回転速度が変化すると、知覚される光波の周波数が変化する。

シリンダーの回転が非常に高速であれば、変化後の光波の周波数は非常に低くなり、その値は負になりうる。簡単に言えば、波の回転が逆方向になるということだ。

正の周波数の波は、部分的にシリンダーに吸収され、エネルギーを失う。だが、負の周波数の波では、エネルギーを失うかわりにシリンダーによって増幅される。ペンローズ過程でブラックホールから逃げる物体と同じように、シリンダーの回転からエネルギーを抽出できるはずだ。

ゼルドビッチの理論を実証するのは、簡単に思えるかもしれない。しかしそのためには、回転物を光波と同じか、それ以上の周波数で回転させる必要がある。毎秒数百兆回の周波数で振動する可視光の波を増幅させるためには、現代の機械で実現可能な速度の数十億倍の速さでエネルギー吸収体を回転させなければならない。

待ち望んだ突破口

光は、毎秒およそ3億メートルの速さで移動する。ゼルドビッチの理論を検証しやすくするために、我々は音波を使うことにした。音波の移動速度は、光の100万分の1ほどだ。つまり、吸収体をそれほど速く回転させる必要はないということだ。

ねじれた音波をつくるにあたり、我々は、環状に並ぶ複数のスピーカーを使用した。すべて同じ周波数を発するが、少しずつ違うタイミングでスタートするので、音がらせん状にねじれるというわけだ。回転する吸収体としては、音を吸収する発泡プラスチックをモーターに取り付けたものを使用した。発泡プラスチックの内部にマイクロフォンを設置し、回転する吸収体と音波が作用した後の音を記録した。

実験の結果、発泡プラスチックを低速(低周波数)で回転させたときには、音が発泡プラスチックに吸収されるため、記録される音は小さくなった。ところが、ドップラー効果により音波の周波数が負になるほどの速さで発泡プラスチックを回転させると、音は大きくなった。

ブラックホールの周囲を反射鏡で覆えば

もちろん、こうした実験が、ペンローズ過程によってブラックホールから実際にエネルギーを抽出できることをはっきりと裏づけているわけではない。正確に言うなら、我々の実験は、「周波数を正から負に変化させると、波はエネルギーを失うのではなく獲得する」と実証することで、ペンローズ過程の基礎となる、直観に反する物理現象を裏づけるものだ。

人類はまだ、「ブラックホールからのエネルギー抽出」とはほど遠いところにいるが、だからといって、きわめて高度に進化したエイリアン文明、さらに言えば、遠い未来の人類文明にそれができないというわけではない。きわめて高度な文明なら、ブラックホールの周囲に回転する構造物をつくり、そこに小惑星や、さらには電磁波を送りこむことで、増幅されたエネルギーを得ることもできるかもしれない。

さらにうまくいけば、ブラックホールを反射鏡のシールドで完全に囲いこみ、いわゆる「ブラックホール爆弾」をつくれるかもしれない。ブラックホールに照射された光は、増幅されて戻ってくる。その後、鏡にはね返された光がブラックホールに戻ってまた増幅され、それが延々と続く。

このとめどなく行き来する爆発的な作用により、エネルギーは指数関数的に増加する。シールドに開けた穴から、この増幅された光の一部を取り出すことによって、プロセスをコントロールし、実質的に無限のエネルギーを生み出せるかもしれない。

これはまだSFの領域だが、ごくごく遠い未来、宇宙がほとんど死に絶え、銀河や星の名残のブラックホールだけしか存在しなくなった時代においては、この方法は、文明が生き延びるための唯一の望みになるはずだ。その宇宙では、点々と浮かぶ巨大なエネルギー源が、それ以外は完璧に暗闇という天空で、明るく輝いていることだろう。

(注)この記事に書かれた見解は、著者個人の意見である。

(翻訳:ガリレオ)

The Conversation

Daniele Faccio, Professor of Quantum Technologies, University of Glasgow and Marion Cromb, PhD Candidate in Physics, University of Glasgow

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.

【話題の記事】
地下5キロメートルで「巨大な生物圏」が発見される
エイリアンはもう地球に来ているかもしれない──NASA論文
米国防総省の極秘調査から出てきたUFO映像
老化しない唯一の哺乳類、ハダカデバネズミ「発見」の意味

20200707issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2020年7月7日号(6月30日発売)は「Black Lives Matter」特集。今回の黒人差別反対運動はいつもと違う――。黒人社会の慟哭、抗議拡大の理由、警察vs黒人の暗黒史。「人権軽視大国」アメリカがついに変わるのか。特別寄稿ウェスリー・ラウリー(ピュリツァー賞受賞ジャーナリスト)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエル戦時内閣、イラン攻撃巡る3度目閣議を17

ビジネス

英インフレ低下を示す力強い証拠を確認=ベイリー中銀

ビジネス

IMF経済見通し、24年世界成長率3.2% 中東情

ビジネス

米国株式市場=S&P・ナスダック続落、金利の道筋見
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 2

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア黒海艦隊「主力不在」の実態

  • 3

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 4

    韓国の春に思うこと、セウォル号事故から10年

  • 5

    中国もトルコもUAEも......米経済制裁の効果で世界が…

  • 6

    【地図】【戦況解説】ウクライナ防衛の背骨を成し、…

  • 7

    訪中のショルツ独首相が語った「中国車への注文」

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    「アイアンドーム」では足りなかった。イスラエルの…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 7

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    猫がニシキヘビに「食べられかけている」悪夢の光景.…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中