最新記事

人間の脳は、手に持った道具の感触を身体と同様に認識していることが明らかに

2020年1月7日(火)17時30分
松岡由希子

脳の働きからも「道具は身体機能の延長である」 wwing-iStock wwing-iStock

<リヨン第1大学の研究者が、人間の脳は手に持った道具に伝わる感触を自身の感触と同様に認識しているという研究を発表した ......>

私たちは、身体に何かが直接触れてなくても、その物体が接触した位置を感知できる。たとえば、手に持った棒で物を打つと、見ていなくても物が棒のどこに接触したか見当がつく。

仏クロード・ベルナード・リヨン第1大学のルーク・ミラー博士らの研究チームは、2018年9月12日に学術雑誌「ネイチャー」で発表した研究論文で、道具がヒトの身体の感覚を拡張させ、木の棒が対象物に触れた位置を精緻に特定することを示した。

道具は身体の延長として扱われる

ミラー博士らは、この研究結果をふまえ、「このような現象が起こったとき、ヒトの脳は物体が接触したタイミングやその位置をどのように認知するのか」についてさらに追究。2019年12月16日、学術雑誌「カレントバイオロジー」で「道具は身体の延長として扱われ、身体への接触の感知に関与する脳領域は、道具を持った場合でも同様の働きをする」との研究論文を発表した。

研究チームは、16名の被験者に1メートルの木の棒を持たせ、被験者に棒が見えない状態で棒に2度触れて、触れた位置が同じかどうかを比較させる実験を400回にわたって実施。被験者は、平均96.4%の精度で木棒に触れた位置を正しく感知した。この実験結果は、2018年9月に発表した研究結果とも一致している。

感覚の働きが神経系を超え、使っている道具にまで及ぶ

さらに、実験中、脳波計を使って被験者の脳活動を測定した。その結果、一次体性感覚野と後頭頂皮質において、皮膚への接触を感知するのと同様の神経機構が用いられていることが明らかとなった。木棒に接触すると、その振動が皮膚の機械受容器「パチニ小体」で感知され、一次体性感覚野まで神経信号が伝達される。パチニ小体の活動をコンピュータシミュレーションしたところ、木棒の接触位置に関する情報は20ミリ秒以内に抽出されることもわかった。

一連の研究成果は、ヒトの体性感覚の働きが神経系を超え、使っている道具にまで及ぶことを示すもので、身体の欠損した部位の形態と機能を人工物で補うプロテーゼの設計手法への応用が期待されている。米ミズーリ大学の認知神経学者で義肢の設計にも携わるスコット・フレイ博士は「無感覚な物体が外界からの情報を感知し、体性感覚野にこれを伝達させる手段となりうることを示している」と評価している。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

カナダ中銀、利下げペースは緩やかとの想定で見解一致

ワールド

米制裁が国力向上の原動力、軍事力維持へ=北朝鮮高官

ワールド

韓国GDP、第1四半期は前期比+1.3% 市場予想

ビジネス

バイオジェン、1―3月利益が予想超え 認知症薬低調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 7

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 8

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中