最新記事

メディア

ネットフリックスで傑作『サイコ』は見られない

2017年10月18日(水)11時00分
ザック・ションフェルド(カルチャー担当)

magc171017-psycho02.jpg

『サイコ』のヒッチコック監督 Hulton Archive/GETTY IMAGES

映画ファンのショックは大きかった。作り手にとって、タイトルシークエンスは革新的な表現に挑戦できる場。『ファーゴ』の空虚な雪景色、『めまい』の恐ろしくも魅惑的な目のクローズアップがいい例だ。「タイトルシークエンスを失えば、芸術的価値の幾分かが失われる」と、映画評論家のノア・ギテルはガーディアン紙の記事で嘆いた。

映画マニアにしてみれば、これこそネットフリックスの在り方を示す決断だ。この会社は、巨大な配信能力に釣り合う文化的・芸術的知識を持ち合わせていない――。

ネットフリックスがオンラインDVDレンタル会社として始動したのは97年。07年までに、DVD送付数は10億件以上に達していた。だが創業者ヘイスティングスには、もっと大きな野心があった。目標は「エンターテインメント業界を変革するHBOのような企業」になることだと、05年に語っている。

目標は達成された。ネットフリックスは13年、初のオリジナルドラマ『ハウス・オブ・カード/野望の階段』を制作。高く評価され、商業的にも成功を収めた。4年後の今、オリジナルおよびライセンスコンテンツに投入する費用は60億ドルに上り、HBOと同じく(映画というより)テレビ分野の企業として認められている。

カンヌ映画祭から「追放」

その一方で、暇つぶしに映画を見たがる視聴者の市場価値も忘れていない。それを象徴的に物語るのがコメディー俳優アダム・サンドラーと結んだ契約だ。

3月、ネットフリックスは計3億2000万ドル超を投じて、サンドラー主演の長編映画を新たに4本制作することを決定。翌月に明らかになったところによれば、ネットフリックス契約者はサンドラー主演映画の視聴に5億時間以上を費やしている。芸術性は低くても、サンドラー作品の市場性は抜群なのだ。

「ネットフリックスは今やオリジナルコンテンツに注力している」と、著名な映画史研究家で映画評論家のレナード・マルティンは言う。

ネットフリックスと映画愛好者の「衝突」は、タイトルシークエンス騒動に続いて、5月に開催されたカンヌ国際映画祭でも起きた。ネットフリックスは最高賞パルムドールを競うコンペティション部門に、自社制作の2作品を出品。その1つ『オクジャ』が上映された際、ネットフリックスのロゴが映し出されると会場からブーイングの声が上がった。

批評家や審査員が問題視したのは、同作が劇場公開されない点だった。反発を受けて、映画祭側はルール改定を決定。来年から、フランスの映画館で上映されない作品はコンペティション部門に出品できなくなった。

ネットフリックスもいずれ、クラシック映画にそれなりの需要があることに気付くかもしれない。しかし、マルティンは万一に備えている。「DVDは全部捨てずに取ってある。場所塞ぎだから、実に厄介なんだが」

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

[2017年10月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米マイクロン、米政府から60億ドルの補助金確保へ=

ビジネス

EU、TikTok簡易版のリスク調査 精神衛生への

ビジネス

米オラクル、日本に80億ドル超投資へ AIインフラ

ワールド

EU首脳、対イラン制裁強化へ 無人機・ミサイル製造
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画って必要なの?

  • 3

    【画像・動画】ヨルダン王室が人類を救う? 慈悲深くも「勇ましい」空軍のサルマ王女

  • 4

    パリ五輪は、オリンピックの歴史上最悪の悲劇「1972…

  • 5

    人類史上最速の人口減少国・韓国...状況を好転させる…

  • 6

    アメリカ製ドローンはウクライナで役に立たなかった

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 9

    対イラン報復、イスラエルに3つの選択肢──核施設攻撃…

  • 10

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...当局が撮影していた、犬の「尋常ではない」様子

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 7

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 8

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 9

    温泉じゃなく銭湯! 外国人も魅了する銭湯という日本…

  • 10

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中