ネットフリックスで傑作『サイコ』は見られない
映画ファンのショックは大きかった。作り手にとって、タイトルシークエンスは革新的な表現に挑戦できる場。『ファーゴ』の空虚な雪景色、『めまい』の恐ろしくも魅惑的な目のクローズアップがいい例だ。「タイトルシークエンスを失えば、芸術的価値の幾分かが失われる」と、映画評論家のノア・ギテルはガーディアン紙の記事で嘆いた。
映画マニアにしてみれば、これこそネットフリックスの在り方を示す決断だ。この会社は、巨大な配信能力に釣り合う文化的・芸術的知識を持ち合わせていない――。
ネットフリックスがオンラインDVDレンタル会社として始動したのは97年。07年までに、DVD送付数は10億件以上に達していた。だが創業者ヘイスティングスには、もっと大きな野心があった。目標は「エンターテインメント業界を変革するHBOのような企業」になることだと、05年に語っている。
目標は達成された。ネットフリックスは13年、初のオリジナルドラマ『ハウス・オブ・カード/野望の階段』を制作。高く評価され、商業的にも成功を収めた。4年後の今、オリジナルおよびライセンスコンテンツに投入する費用は60億ドルに上り、HBOと同じく(映画というより)テレビ分野の企業として認められている。
カンヌ映画祭から「追放」
その一方で、暇つぶしに映画を見たがる視聴者の市場価値も忘れていない。それを象徴的に物語るのがコメディー俳優アダム・サンドラーと結んだ契約だ。
3月、ネットフリックスは計3億2000万ドル超を投じて、サンドラー主演の長編映画を新たに4本制作することを決定。翌月に明らかになったところによれば、ネットフリックス契約者はサンドラー主演映画の視聴に5億時間以上を費やしている。芸術性は低くても、サンドラー作品の市場性は抜群なのだ。
「ネットフリックスは今やオリジナルコンテンツに注力している」と、著名な映画史研究家で映画評論家のレナード・マルティンは言う。
ネットフリックスと映画愛好者の「衝突」は、タイトルシークエンス騒動に続いて、5月に開催されたカンヌ国際映画祭でも起きた。ネットフリックスは最高賞パルムドールを競うコンペティション部門に、自社制作の2作品を出品。その1つ『オクジャ』が上映された際、ネットフリックスのロゴが映し出されると会場からブーイングの声が上がった。
批評家や審査員が問題視したのは、同作が劇場公開されない点だった。反発を受けて、映画祭側はルール改定を決定。来年から、フランスの映画館で上映されない作品はコンペティション部門に出品できなくなった。
ネットフリックスもいずれ、クラシック映画にそれなりの需要があることに気付くかもしれない。しかし、マルティンは万一に備えている。「DVDは全部捨てずに取ってある。場所塞ぎだから、実に厄介なんだが」
【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
ご登録(無料)はこちらから=>>
[2017年10月10日号掲載]