最新記事

パキスタン

なぜ祖国パキスタンがマララを憎むのか

2017年9月11日(月)11時05分
マイケル・クーゲルマン

陰謀説の最大の供給者にして消費者でもあるのが、保守的で反米感情の強い中産階級。ただし政界のエリートやパキスタン系アメリカ人の一部にも、それを信じる人はいる。

現地の人が陰謀説を信じたくなる背景には、今のマララが暮らす西洋(キリスト教圏)に対する根強い不信感がある。しかも欧米のスパイがパキスタンで暗躍しているという疑念には、それなりの根拠がある。

例えばCIAはかつて、ウサマ・ビンラディンの居場所を突き止めるためにパキスタン人医師シャキール・アフリディを抱き込み、偽の予防接種キャンペーンを実施した。そんな事実が知られている以上、欧米諸国は自己の利益のためにマララを利用していると、多くのパキスタン人が信じるのも無理はない。

13年にマララの家族がアメリカの大手PR会社エデルマンと契約し、マララのメディア露出を管理させているという報道も、パキスタン人の疑念を高めることになった。

マララと教育者の父ジアウディンが掲げる主張も、現地から見れば欧米べったりに見える。保守的で宗教心の強いパキスタンにあって、ジアウディンは左派で世俗政党のアワミ民族党を一貫して支持してきた。

【参考記事】イスラム女性に性の指南書

そしてマララがタリバンに撃たれる前から、父娘は女子教育の必要性を訴えてきた。マララは匿名で英BBCのサイトにブログを書き、米ニューヨーク・タイムズ紙の取材にも応じていた。

マララとジアウディンが発信するメッセージの中核をなす主張――タリバンへの反対と、少女に教育機会を提供することの重要性――は、欧米でも国内でも多くの人の共感を呼んだ。しかしパキスタンのように保守的で男性優位の社会では、そうした主張を煙たがる人も多い。

マララに対する反感の多くは根拠なき妄想の産物だろうが、その根っこにはパキスタン社会の醜い、そして基本的な真実がある。この伝統的な社会には貧困脱出の機会がなく、厳しい階級格差があるということだ。

パキスタンで貧困を脱するのは難しい。15年に国際NPOオックスファムとラホール経営大学が実施した調査によれば、国民を経済力で5階層に分けた場合、最下層に属する家庭の子の40%は死ぬまで最下層を抜け出せないという。

なぜか。貧しい国民の多くにとって、貧困脱出に必要な2つのリソース(教育と土地)を手に入れることは至難の業だからだ。最貧層に属する家庭の子の60%弱は学校に通っておらず、農村部の貧困層の約70%は土地を持っていない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国・百度のAIチャットボット「アーニー」、ユーザ

ビジネス

中国新築住宅価格、3月は前年比-2.2% 15年8

ワールド

米国防長官、中東の安定強調 イスラエルなどと電話協

ビジネス

中独は共通基盤模索すべき、習主席がショルツ首相に表
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無能の専門家」の面々

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 5

    キャサリン妃は最高のお手本...すでに「完璧なカーテ…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 8

    イスラエル国民、初のイラン直接攻撃に動揺 戦火拡…

  • 9

    甲羅を背負ってるみたい...ロシア軍「カメ型」戦車が…

  • 10

    中国の「過剰生産」よりも「貯蓄志向」のほうが問題.…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 3

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入、強烈な爆発で「木端微塵」に...ウクライナが映像公開

  • 4

    NewJeans、ILLIT、LE SSERAFIM...... K-POPガールズグ…

  • 5

    ドイツ空軍ユーロファイター、緊迫のバルト海でロシ…

  • 6

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 7

    ロシアの隣りの強権国家までがロシア離れ、「ウクラ…

  • 8

    金価格、今年2倍超に高騰か──スイスの著名ストラテジ…

  • 9

    ドネツク州でロシアが過去最大の「戦車攻撃」を実施…

  • 10

    「もしカップメンだけで生活したら...」生物学者と料…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    巨匠コンビによる「戦争観が古すぎる」ドラマ『マス…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中