最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編2)

アフリカ象を横目にして

2017年6月27日(火)15時30分
いとうせいこう

投げたのは誰かわからなかった。ただ目をこらすと三人ばかりの痩せた男がはだしでてっぺんに座っていて、どうして落ちないのか不思議なくらいぐらぐらと揺られていた。『福島』と書かれたトラックは巨大な象のようだった。

ある瞬間、揺れの加減で中央の人間が宙を浮いた。彼はその時、遠くから後ろを見た。俺は目が合ったと思った。そして、その人物だけが痩せてもいないし、肌の黒さが左右の青年たちと違うと理解した。


あの男だ、と俺は思った。

かつてギリシャから帰る飛行機の中で忽然と消えてしまったアラブ系の男。俺は無意識の中で彼のことをずっと気にしており、ハイチで俺を先回りしていた"作家"が同じ人ではないかとも考えていた。

それが今度はウガンダの北部、赤土の舞うがたがた道で何をしているというのだろう。

しかも『福島』と、俺の暮らす国の大きなカタストロフを標識のようにして。

彼こそ良心の象徴ではないか、と書いたこともある。けれどそれでは荷台の上になぜ載り、なぜ俺の前を行くのか。なぜ空のペットボトルなど子供に投げ与えるのか。

少なくとも、良心というものが単純な善意だけで生まれ育たないのは確かで、それは何度も傷つけられ疑われて強くなることを、俺はMSFのメンバー各人の話から知っていた。とすれば、トラックの上にいるもはや背中しか見えない浅黒い男のようなどこか奇怪で割り切れない存在について考え続けることは、人道主義について考えることと同一なのかもしれないと俺は思った。

神、という人もあるかもしれない。

意識は遠のいてゆき、じきにトラックは俺たちとは別の、右側の狭い道にがたがた下っていった。俺の視線はそちらを追わなかった。それまでと同じように、自分は自分の前を向いていることが重要だ、と俺は後部座席であぐらを組んだままどういうわけか頑固に考えていた。

UNCHR(国連難民高等弁務官事務所)の銀色の四角いテントが木立の中に見えてきたのは、16時を回った頃だった。

インベピ。

南スーダンから最近逃げてきた人々がケアを受けている、いわば最も傷ついている人々のキャンプである。

<おまけ>
ウガンダの難民居住地でMSFのプロジェクト・コーディネーターをしているジョン・ジョンソンが、居住地の現状、難民の母国・南スーダンの現状、MSFの今後の取り組みについて話している日本語字幕付きのビデオが出来たそうだ。
是非御覧下さい。


続く

profile-itou.jpegいとうせいこう(作家・クリエーター)
1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。オフィシャル・サイト「55NOTE

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米GDP、第1四半期は+1.6%に鈍化 2年ぶり低

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

プーチン氏、5月に訪中 習氏と会談か 5期目大統領

ワールド

仏大統領、欧州防衛の強化求める 「滅亡のリスク」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中