最新記事

アップル

iPhoneロック解除問題、暗号化めぐり米政府内に亀裂

他省庁にも協力求める司法省当局に、商務省、国務省などはIT産業を守るため否定的

2016年3月14日(月)10時16分

 3月5日、オバマ政権内で、IT企業が法執行機関向けの「バックドア(裏口)」を自社製品に仕込むよう要請することを支持するべきか否か、意見が割れている。写真はアップルのロゴとiPhone。仏ボルドーで2月撮影(2016年 ロイター/Regis Duvignau)

暗号化データへのアクセスをめぐって米司法省とアップルが法廷闘争を繰り広げているが、オバマ政権内でも、IT企業が法執行機関向けの「バックドア(裏口)」を自社製品に仕込むよう要請することを支持するべきか否か、意見が割れている。

この論争に詳しい多くの関係者が明らかにした。

米連邦捜査局(FBI)のジェームズ・コミー長官と司法省は、カリフォルニア州サンバーナディーノで昨年12月に起きた銃乱射事件の犯人が所持していたiPhone(アイフォーン)のロック解除を求めてアップルと戦っている。

現旧政府関係者によれば、両者は他の省庁に対しても、解読不能の暗号に対する幅広い取り組みに参加するよう以前から呼びかけているものの、なかなか賛同してもらえないという。

今回のアイフォーンをめぐる事例において司法省当局者の主張の柱は、強力な暗号のせいで犯罪者の追跡が困難になっているという点である。だが、商務省、国務省、大統領府の科学技術政策室などの省庁は、米国の機密とIT産業を守るために暗号は不可欠だと反論する。この問題は、国家安全保障会議など複数の会合で協議されてきた。

また一部の政府当局者は、この問題でITセクターと対立することで、米国製品に対する海外での不信感が高まり、テロリストや重大な犯罪者が外国で開発された暗号化手法を検討するようになるのではないかと懸念している。

こうした懸念から、国家安全保障局(NSA)、国土安全保障省の主要幹部らが、アップルとの紛争に反対しているという。

最近まで国家安全保障担当の司法次官補代理を務め、近年の代表的なハッキング事件のいくつかで上席サイバーセキュリティ検事を務めたルーク・デンボスキー氏は、暗号化をめぐる意見の対立全般について「非常に健全」だと言う。

「政府の規模は非常に大きく、誰もが正しいことをやろうとしているだけだ」と、法律事務所デベボイス・アンド・プリンプトンに先週入社したデンボスキー氏は言う。「こういう議論すら起こらない国だってある」

NSAのマイケル・ロジャース局長は中間的な立場で、強力な暗号は大切だが、妥協が望ましいと述べている。

暗号化に関する議論が省庁間で何年も続いたせいで、オバマ政権にはこの問題をめぐる一貫性のある政策スタンスが見られない、とIT産業のリーダーの多くが指摘する。

司法省は先月、連邦判事を説得して、サンバーナディーノ乱射事件のリズワン・ファルーク容疑者が使っていたアイフォーン端末のロック解除を可能にするソフトウェアを作成するよう、アップルに命じさせた。アップルはこの命令に抵抗。すべてのアイフォーン端末のセキュリティを脅かすもので、検察官による越権行為だと主張している。

この問題に関する審理は今月予定されている。

<政府内部のコンセンサス欠如>

こうした場合の常として、アップルに対する措置についての決定は、ホワイトハウスに相談なく下されたと、この件に詳しい2つの情報源は語る。

「司法省とFBIは、ホワイトハウスからは独立して、こうした事案を追求する」と政権上層部の関係者は言う。ホワイトハウスには、「バックドア」の組み込みを義務づけるような立法を推進する意志はないと付け加えた。

国家安全保障担当の司法次官補だったジョン・カーリン氏は、政府当局者の一部がアップルとの訴訟における司法省の行動を支持していないのではないかという憶測を一蹴した。

同氏によれば、今回の司法省の努力の目的は、暗号化をめぐる議論を決着させるためのものではなく、サンバーナディーノ郡を支援することである。押収したファルーク容疑者のアイフォーン5cのロック解除について、郡は支援を求めていた。

IT業界はアップル支持で一致団結している。40社以上の企業が今週、裁判所の命令に従うことは暗号化技術を脅かし、インターネットの安全性に対する公衆の信頼を損なうという趣旨の法廷助言書を提出した。

対照的に、省庁間の対立を反映して、政府当局者の一部は、強力な暗号化の必要を認めつつ、公式にはアップルに対する司法省の訴訟を支持するという居心地の悪い立場に置かれている。こうした当局者やその部下と言葉を交わした関係者4人によれば、彼らは非公開の場ではもっとあからさまに訴訟に対する懸念を口にしているという。

アッシュ・カーター国防長官は2日、「率直に言って、バックドアや1回限りの技術的なアプローチなど信じていない」と、RSAセキュリティ・カンファレンスに集まった、アップル支持派が大勢を占める聴衆に対して語った。「1回限りの解決策のために訴訟をやるとは思えない」と指摘する。

この問題に関しては米議会も割れている。政府によるバックドア強要に反対するリバタリアン的な共和党議員に、リベラルな民主党議員も合流しているからだ。

<見つけにくい妥協点> 

コンセンサスが得られないために、ホワイトハウスは昨年、米IT企業に対して、法執行機関へ暗号回避方法の提供を義務付ける法制化の後押しを放棄してしまった。

だが、この問題に関する議論に詳しい2つの情報源によれば、オバマ大統領は密かに妥協を探っており、アップルとマイクロソフトを含む大手電気通信・IT企業に対し、捜査官が通常は暗号化されているコンテンツにアクセスできるようにする「例外的アクセス」の合意に向けて協力するよう要請しているという。

アップルの広報担当者は、同社はバックドアのインストールを真剣に検討したことは一度もないとして、法執行機関への協力という、より幅広いテーマに議論を誘導しようとした。

1月にカリフォルニア州サンノゼにIT企業幹部と国家安全保障幹部が集まり、主としてオンラインでの過激主義について協議したが、この会議に詳しい筋によれば、ここでアップルのティム・クックCEOは、ホワイトハウスが強力な暗号に対する支持を公式に表明しないことを批判していたという。

クックCEOの発言は、デニス・マクドノー大統領首席補佐官を怒らせた。ある事情通によれば、同首席補佐官は、アップルは以前、暗号に関する法執行機関の懸念解消に向けて協力すると約束していたのに、それを反故にしていると考えたのである。

こうした対立を思い起こすと、官民の妥協の探り合いが見たところ穏やかな物別れに終わって数カ月も経つにもかかわらず、双方が突然、重武装で闘い始めたのか、理由が見えてくるようである。

アップルとFBIの対立のなかで、行き詰まりを打開するためにオバマ大統領が仲裁に乗り出すことを求める声もある。

アップルを支持する民主党のロン・ワイデン上院議員は、「大統領が何と言うか聞きたいと思う」とインタビューで語った。「ジョシュ・アーネスト報道官が、司法省支持と言っているのは知っている。だが私は大統領の口から聞いてみたい」

(Joseph Menn記者、Dustin Volz記者)(翻訳:エァクレーレン)

[サンフランシスコ 5日 ロイター]

120x28 Reuters.gif
Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中