最新記事

宗派対立

アメリカが見捨てた中東に核軍拡の危険

シリアで実戦経験を積んだ戦士が各地に拡散。地域全体がイランとサウジアラビアの代理戦争の舞台に

2014年2月25日(火)15時29分
ウィリアム・ドブソン(スレート誌政治・外交担当エディター)

過激派の支配 アルカイダ系組織がファルージャを掌握 Reuters

 難航する和平会議をよそに熾烈な戦闘が続くシリア。内戦による死者は昨秋11万人を超えたとされるが、その後事実確認が困難として国連が死者数の発表を見合わせるほど、事態は悪化している。イラクではイスラム教スンニ派とシーア派の抗争が再燃。今年に入り、中部の都市ファルージャとラマディは再びアルカイダ系武装組織の手に落ちた。シリア内戦の余波は隣国レバノンにも及び、首都ベイルートは爆弾テロで揺れている。

 中東に広がる混乱は「アルカイダの独り勝ち」とも言うべき状況を招いている。アルカイダ系組織はかつてなく統制が取れ、より強力な武器を持ち、実戦経験を積んでいる。

 アルカイダにとって、シリアの戦闘地域は新兵の募集と訓練に最適の場だ。シリアで鍛えられた戦士たちは国境を越えてイラクに向かう。イラク駐在米大使の推定では、2000人余りがイラクに入り込んでいる。

 中東の混乱はこれまでとは次元の違う、より大きな危険性をはらんだものに変わった。中東世界全体が地域の2大国が駒を進めるチェス盤と化したのだ。シーア派の旗手を自任するイラン、スンニ派の守り手を自任するサウジアラビア。2国は競って泥沼の紛争地域に武器と資金と兵士を送り込む。アルカイダは変化の起爆剤ではなく、2大国があおり立てる宗派対立の醜悪な落とし子だ。

 そして、この混乱劇には役者が1人欠けている。アメリカだ。圧倒的な武力を持つ米軍の不在と米政府が長年テコ入れしてきたアラブ諸国の弱体化。その結果生まれた空白に乗じて、2大国が陣取り合戦を繰り広げているのだ。

 米政府は支援要請に耳を貸さず、限定的介入すら検討しない。ファルージャ陥落のニュースに、ジョン・ケリー米国務長官は懸念を表明しつつも、これは「彼らの戦闘」だと言い放った。

 アメリカはイラク、アフガニスタン戦争に懲りて中東への関心を失った。しかもエネルギー自給率が高まり、石油資源確保の必要性も低下した。結果的に宗派間の暴力は激化し、過去10年間の米軍の介入のツケが一気に噴出した格好だ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中