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ウィキリークス事件

イギリス人はアサンジ引き渡しを許さない

各国政府には目の敵でも、スウェーデンやアメリカへの安易な身柄引き渡しはイギリス市民や支援者が黙っていない

2010年12月8日(水)17時20分
ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局長)

世界のお尋ね者 アサンジを乗せていると見られる車に殺到する報道陣(12月7日、ロンドン) Suzanne Plunkett-Reuters

 ジュリアン・アサンジ(39)は四方八方から追われる存在になった。内部告発サイト「ウィキリークス」で機密文書を暴露してきたアサンジは、各国の上層部に山ほど敵を作った。ロンドン警察は12月7日、出頭したアサンジを逮捕。裁判所は保釈を認めなかった。性犯罪容疑でアサンジの事情聴取を求めているスウェーデンへの身柄引き渡しを行うかどうかを検討する間、拘束されることになる。アサンジは容疑を否認している。

 これは手始めに過ぎないかもしれない。何が何でもアサンジを捕まえたがっているのは何といってもアメリカだ。ウィキリークスに約25万件もの外交公電を暴露され、復讐心に燃えるアメリカの政治家の中には、アサンジをアメリカの法廷に引き出せと叫ぶ者もいる。共和党重鎮で政治コメンテーターでもあるマイク・ハッカビーはこう言う。「最低でも死刑に値する犯罪だ」

 だがアサンジには頼れる味方もいる。それも、本当ならば彼の身柄など欲しくないここイギリスにだ。それでなくてもアメリカと犯罪人引き渡し協定をめぐってもめ続けてきたイギリス政府にとって、アサンジの件は厄介な問題になりかねない。

 アサンジはアメリカの法廷で裁かれるのが適切だとイギリス国民を説得するのは、一筋縄にはいかないだろう。もしも彼がスウェーデンへの身柄引き渡しを避けることができた場合、次はアメリカへの引き渡しに抗議しようと多くのイギリス人が声をあげることは間違いない。

テロリスト用の引き渡し条約を拡大解釈

 アサンジのアメリカ送還に反対するこうした動きは、アサンジを「言論の自由」の英雄として称える人々だけから起こっているわけではない。イギリス国民を駆り立てるもう1つの要因は、9・11同時多発テロの後に米英間で合意された新たな犯罪人引き渡し条約だ。これによって、イギリスの裁判所が身柄引き渡し申請を却下できる権限は厳しく制限され、テロ容疑者の身柄はごく簡単な手続きでアメリカに送還されるよういなった。批判的な人々に言わせれば、アメリカはテロとほとんど関わりのない知能犯にも、簡単にこの条約が適用されているという。

 特にイギリス国民を怒らせたのは、アメリカがイギリスに44歳のハッカー、ゲイリー・マッキノンの引渡しを求めている件だ。マッキノンは02年、米国防総省のコンピューターシステムに不正アクセスを行ったとして指名手配されている。もしも有罪が確定すれば、懲役60年の刑を受ける可能性もある。

 マッキノンの支援者は、彼は自閉症を患っていて刑務所生活に耐えられず、有罪判決が出れば自殺を図りかねない、と主張する。イギリス政府は、この身柄引き渡し条約そのものを、根本から見直す意向を示している。

 皮肉なことに、ウィキリークスが暴露した情報のなかには、マッキノンの一件に関する公電も含まれていた。それによれば、マッキノンが罪状を認め、反省を示すこととと引き換えに、アメリカではなくイギリスの刑務所で刑期を務めさせることをイギリスのゴードン・ブラウン前首相が提案したが、米政府はあっけなくそれをはねつけたという。デービッド・キャメロン英首相も、この件に対して懸念を表明している。

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