最新記事

ロシア

プーチンの政敵はやっぱり刑務所暮らし

権力者の都合で自国の一流企業をつぶすことも厭わないこの国は病んでいる──元新興財閥ホドルコフスキーの「聖戦」

2010年11月4日(木)17時14分
ミリアム・エルダー

殉教者? 神妙な面持ちで裁判所に出廷したホドルコフスキー(10月28日) Denis Sinyakov-Reuters

 この1年8カ月、毎日のようにミハイル・ホドルコフスキーは手錠をかけられた姿で小さな法廷に引き出される生活を送ってきた。03年に逮捕されるまでロシア最大手の石油会社ユコスの社長として君臨していた彼だが、裁判の結果次第では17年まで収監される可能性がある。

 11月2日、最終陳述に臨んだホドルコフスキーの様子はまさに「政治犯」だった。

「あなた方の手の中にあるのは、2人の人間の命運に留まらない」と、ホドルコフスキーは裁判長に語りかけた。2人とはホドルコフスキーとかつてのビジネスパートナー、プラトン・レベジェフのことだ。「今ここで、わが国の全て市民の命運が決められようとしている」

 ホドルコフスキーとレベジェフは2億トン以上の石油を横領した罪と、それを売って得た1億ドル近い金の資金洗浄の罪に問われている。判決は12月15日に言い渡される予定だ。

 ホドルコフスキーも弁護団も、2人の有罪はほぼ間違いないと覚悟している。そして「容疑」はウラジーミル・プーチン首相(03年当時は大統領)の側近がユコスの石油関連資産を利用するためにでっち上げたのだと主張している。

選挙にでしゃばらないよう先手?

 ホドルコフスキーは詐欺と脱税の罪ですでに8年間服役している。刑期は11年10月に終わることになっているが、ロシアではその数週間後に議会選挙が、そして翌12年3月には大統領選挙が予定されている。

 刑期を延長し、選挙シーズンはシベリアの監獄で大人しくしていてもらおう――ホドルコフスキー側に言わせれば、彼が追起訴された裏にはそんな意図が働いている。

「私は自分の国を恥ずかしく思う」とホドルコフスキーは法廷で述べた。20分間の熱弁が終わると、支持者や多くの地元ジャーナリストから割れんばかりの拍手喝采がわき起こった。

「(ロシアは)世界のトップに立つはずのいくつもの一流企業をつぶし、自国民を侮って官僚と公安組織だけを信頼しているような国だ。この国は病んでいる」と彼は言った。

 彼はまた、ドミトリー・メドベージェフ大統領の掲げる「経済の近代化」路線にも批判を浴びせた。「経済を近代化させようとしているのは誰か。検察か警察か、それともスパイか?」と、彼は声を上げた。「以前にもわが国はその手の近代化を試したことがある。だがうまく行かなかった」。要するにソ連時代のことだ。

リベラル派の旗手か強欲な富豪か

 03年の逮捕以来、ホドルコフスキーはロシアのリベラル派を代表する「殉教者」へのイメージチェンジを慎重に進めてきた。そして情報機関や治安機関の出身者で占められている現政権にノーを突きつけ、民主主義と人権を求めようと国民に呼びかけてきた。

 中にはこの変身ぶりを冷めた目で見る人もいる。ホドルコフスキーが90年代に財を成したのは、他のオリガルヒ(新興財閥)たちと同じで食うか食われるかの冷酷な手法を使ったからではないかというわけだ。

 とはいえ多くのオリガルヒは、今も逮捕されることなく政府の手厚い支援を受けている。ホドルコフスキーの支援者に言わせれば、これこそ司法のダブルスタンダードだ。

「これは私とプラトン(・レベジェフ)だけの問題ではない」と、ホドルコフスキーは言った。「ロシア国民の希望――明日こそは、裁判所は国民の権利を守ることができるようになるのではという希望の問題だ」

 彼はこうも言った。「牢獄暮らしは厳しい。こんなところで死にたくはない。だがこの信念は命を賭けるに値する」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

第1四半期の中国スマホ販売、アップル19%減、ファ

ビジネス

英財政赤字、昨年度は公式予測上回る スナク政権に痛

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、4月速報値は51.4に急上昇 

ワールド

独、スパイ容疑で極右政党欧州議員スタッフ逮捕 中国
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 3

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバイを襲った大洪水の爪痕

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    冥王星の地表にある「巨大なハート」...科学者を悩ま…

  • 9

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 7

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中