最新記事

環境

気候科学の不確かな真実

IPCCの不手際や「電子メール事件」のおかげで温暖化への関心は減ったが、気温上昇の脅威は消えていない

2010年8月6日(金)11時36分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

悲劇再び? ハリケーン・カトリーナの被害に遭った家の残骸(ミシシッピ州) Rick Wilking-Reuters

 悪いのは不況による経済への不安感なのか、ことのほか寒かった今年の冬なのか、それとも失態続きの国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)なのか──。地球温暖化を懸念する世界の世論が急速にしぼんでいる。

 エコ先進国のはずのドイツでも、温暖化について懸念しているのは全体の42%にすぎない(06年には62%)。イギリスでは温暖化の原因は人間の活動だと考える人は26%にとどまっている(09年11月には41%)。1月に米ピュー・リサーチセンターが行った世論調査では、21の政策課題のうち温暖化は優先度で最下位にランクされた。

 こうした風向きの変化に、ついこの間まで称賛の的だった気候学者たちははしごを外された格好だ。

 IPCCの評価報告書の作成に関わった研究者の電子メールが大量流出する事件が起きたのは、昨年11月のこと。この中には、自分たちの主張に都合のいいデータだけを使い、都合の悪いデータを伏せようとしたとの疑惑を招く表現が含まれていた。事件以来、イギリスのある有力な科学者は抗不安剤を手放せなくなり、自殺も考えたとインタビューで語っている。

 アメリカでは温暖化のデータを粉飾して補助金を得ようとした容疑で、研究者が捜査対象になった。今年5月、サイエンス誌に掲載された公開書簡では、アメリカの気候学者255人が温暖化問題を「否定する人々」や「特殊利益」の支持者が自分たちの研究に「政治的攻撃」を加えたと非難した。

 これは時代遅れの誤った理論に感情的にしがみつく人々と、科学者との対立ではない。立場の異なる科学者同士の対立だ。

 人類が作り出した二酸化炭素(CO2)が、地球温暖化の原因となることに異議を唱える科学者はほとんどいない。ただしどれほどのペースでどれほどの影響が出るかとなるとはっきりしない。この10年間ほど、気温上昇が進んでいない理由も解明されていない。

明確でない「因果関係」

 温暖化研究への反発は、科学者たちが対策の必要性を世間に訴えるために政治家や活動家と組んだ手法への反発でもあった。

 アフリカにおける穀物生産量の減少や自然災害の発生によるコスト増といった、IPCCの報告書の中でも頻繁にメディアなどで引用されるデータの一部は環境保護団体のパンフレットや新聞記事、企業のリポートを引き写したものだった。そしてどれも学術的な研究によって否定されてしまった。

 批判された気候学者の対応もまずかった。批判派の裏の意図を疑うばかりで、データや筋の通った議論で反論しようとしなかった。ヒマラヤの氷河が2035年までに解けるという予測に対して一部研究者から疑問の声が上がった際も、ラジェンドラ・パチャウリIPCC議長は彼らの主張を「えせ科学」と一蹴した。

 だからといって人類が化石燃料を好き放題使い続けていいわけではない。温室効果ガスの排出を削減し、クリーンなエネルギーに切り替えるべき理由は山とある。

 例えば中国では毎年、大気汚染が原因で75万人が命を落としているとみられている。クリーンエネルギーの利用を進めれば産油国の汚職まみれの政権を肥え太らせることもないし、貧しい国々に比較的安価な動力源を供給することもできる。それに温暖化の脅威が消えたわけでは決してない。

 ただ今の時点では、温室効果ガスによる温暖化にどの程度の緊急性があるのか明確ではない。クリーンエネルギー利用促進の根拠に挙げるのも難しい。

[2010年7月14日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン大統領、16年ぶりにスリランカ訪問 「関係強

ワールド

イランとパキスタン、国連安保理にイスラエルに対する

ワールド

ロシア、国防次官を収賄容疑で拘束 ショイグ国防相の

ワールド

インドネシア中銀、予想外の利上げ 通貨支援へ「先を
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の「爆弾発言」が怖すぎる

  • 4

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 5

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 6

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 7

    イランのイスラエル攻撃でアラブ諸国がまさかのイス…

  • 8

    「なんという爆発...」ウクライナの大規模ドローン攻…

  • 9

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 10

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 10

    ダイヤモンドバックスの試合中、自席の前を横切る子…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中