最新記事

フランス

サルコジを脅かす執事の盗聴テープ

ロレアル創業者一族の争いが仏政界を揺るがすスキャンダルに発展。一族の未亡人の執事は何を聴いたのか

2010年7月14日(水)18時07分
アン・アップルボム(ジャーナリスト)

大打撃 テレビ番組に出演して釈明するサルコジ大統領(7月12日) France2 Television-Reuters

4月にパリで初めて「ベタンクール事件」について聞いたときには、あまりに込み入った話なので愕然とした。6月、あるフランスの政治家がさらにドロドロした詳細について嬉々として私に語ったときには、この事件はさらに信じ難いものに思えた。

 しかし7月に入る頃までには、この贈収賄と富豪の未亡人と執事の裏切りに彩られた事件は、フランス政界を揺るがす大スキャンダルに発展。そして先週6日の報道によって、突如ニコラ・サルコジ大統領の身辺まで脅かしはじめた。こうなると、もうこの事件を軽く見てはいられない。

 12日夜のテレビ番組に出演したサルコジが疑惑について説明するのを、私はじっと見守った。だが結局、事件の真相は分からないままだ。

 かいつまんで言うと、事実関係はこうなる。事件の中心となるのは化粧品メーカー、ロレアルの大株主で社交界の大物、87歳のリリアン・ベタンクール夫人。フランスでも有数の富豪だ。

 夫人は3年ほど前、娘のフランソワーズに告訴された。財産の一部を、63歳の「男友達」である写真家フランソワ・マリー・バニエに譲ったからだ。その中には、ピカソやマティスの絵画、現金、インド洋上のセイシェルの島などが含まれる。

 フランソワーズは、母はぼけてしまったに違いないと主張。対する夫人は、娘は出来が悪くて魅力に欠け、嫉妬深い人間だと反撃した。

「敵側」の使用人解雇が致命傷に

 これだけなら、フランス人がひと夏楽しめるスキャンダル劇場で終わっただろう。だがその裁判の過程で、夫人は娘フランソワーズの味方についたとして自宅の使用人を数人解雇した。これが間違いだった。

 ベタンクール家の執事は数週間にわたり、カクテルトレーに隠した小型レコーダーで夫人の会話を録音していた。執事は解雇を言い渡されると、その録音テープ(CDにして約25枚分)をフランソワーズに渡した。フランソワーズはテープを警察に提出。テープにはなんと、数百万ユーロ相当の財産がどうなっているか把握していない、と話すベタンクール夫人の声が録音されていた。

 さらにテープには、ベタンクールの財務顧問責任者が手の込んだ脱税方法について彼女に説明し、世間体をつくろうためにサルコジの側近エリック・ブルト労働相の妻を雇ったことを豪語する様子も録音されていた。

 既に事態は最悪に思えたが、ここでさらなる事実が発覚した。同じく解雇されたベタンクール家の会計士「クレア・T」が、こんな告白をしたのだ。現金を封筒に詰め、政治家に手渡すのが自分の役目だった――。

「政治家は皆、封筒を受け取りにやって来た。その額は10万〜20万ユーロになる場合もあった」と、彼女はウエブサイト上で証言。受け取った政治家には、サルコジも含まれると暴露している。

 事件は大騒動になり、混乱を極めた。疑惑の否定も始まった。捜査当局は、労働相の違法行為はなかったと発表。クレア・Tは一転、態度を曖昧にしだした。

 12日夜のテレビ出演で、サルコジはこのような嫌疑がかけられたのは「恥ずべきことだ」と発言。さらに、自身が掲げる経済改革に対する国民の反感をあおっているとして、メディアの対応も非難した。

 果たして、この会見にどんな意味があったのだろう。サルコジは封筒を受け取っていたのか? ベタンクール夫人が「男友達」にピカソを譲ったのは正気の沙汰だったのか? どちらも明らかになる日が来るとは思えない。だがもはやそんなことは大した問題ではない。

 このスキャンダルは、既にサルコジに修復不可能なほどのダメージを与えてきた。フランスの政治家と財界大物に対して一般人が思い描くステレオタイプそのままの事件だったからだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン、イスラエルへの報復ないと示唆 戦火の拡大回

ワールド

「イスラエルとの関連証明されず」とイラン外相、19

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、5週間ぶりに増加=ベー

ビジネス

日銀の利上げ、慎重に進めるべき=IMF日本担当
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中